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たいとる

Withコロナ時代に向けたリサーチ業界の準備 第5回

ほんぶん

~ リサーチの学びを止めるな! ~

JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子

コロナ禍で一年前には誰も想像もしなかったような生活が続いています。リモートワークが一般化し、オンラインで業務やチームワークをどのように機能させるかは、今後のビジネスの成否を分けるものになるでしょう。このような環境下では、教育のオンライン化も欠かせません。JMRAもオンラインで学び続ける機会を提供することが重要な役割として期待されています。
イギリスに拠点をもつリサーチ・インサイト・分析セクターの業界団体であるMRS(The Market Research Society)のリサーチ研修プログラムを見ると、リサーチの基礎だけでなく新しい領域が幅広くカバーされており、こういう研修が提供されているなら受けてみたいと思うような充実したものでした。今回は、MRSのプログラムを参考に、その魅力的なコンテンツをご紹介したいと思います。

MRS (The Market Research Society)のLearning & Development コースの概要

日本の調査会社でのリサーチャーの学びは、社内研修やJMRAの基礎研修のほか、OJT(on the job training)が中心というところが多いのではないでしょうか。入社した調査会社、所属部署、経験によってリサーチャーのスキルはまちまちで、その後の学びのステップアップの道筋も見えにくいように思います。リモートワーク下では、教育研修は難しさが増します。キャリアプランに合った幅広い学びの機会を提供することは、リサーチャーのモチベーション、業界の今後の発展のためにも大切なことです。
MRSでは、リサーチ研修にMRS Certificate(証明書)というものを出しており、リサーチャーがその課程を修了したことを認定しています。このような認定の仕組みがあるとリサーチャーのキャリアアップだけでなく、転職の際のスキルのマッチングにも役立つことでしょう。また、社会的ニーズに合ったコンテンツが提供されているため、学ぶ人の意欲が増すのではないでしょうか。
オンデマンドで利用できるビデオ教材が多くストックされているので、コロナによって対面研修が制限されている時にも学び続けることが可能です。

数多くのコースがあるので、今回は大きな枠組みと特徴的なものだけをピックアップして下図にまとめました。コースは、ツリー状になっていて基礎編のコアスキルの後、リサーチ専門領域が広がっています。「定性」、「インサイト」、「定量」、「データ分析」、「リーダーシップとビジネス」の大きく5つの分野に分かれています。

1.定性

定性調査のインタビューや分析までは日本でも研修が提供されていますが、MRSのコースではその先に「セミオティクス(記号論)」と「オンライン定性」が入っています。
セミオティクスは、海外のカンファレンスでは必ず発表者のある定番テーマですが、日本ではあまりリサーチのメニューとして取り入れているところを見かけず、また教えてくれる場所も聞いたことがありません。また、オンライン定性には、「オンラインパネルとコミュニティ」、「オンライン定性テクニック」、「リサーチにおけるソーシャル・メディア」の3つのコースがあります。オンライン定性は、コロナ以前から普通に選択される調査手法の一つでした。


2.インサイト

インサイト領域には、「ストーリーテリング」、「インサイト」、「心理学的リサーチ」の3つの分野があります。

1)ストーリーテリング
ストーリーテリングは、「データからストーリーを見つける」、「コマーシャル・ストーリーテリング」、「リサーチにおけるビデオ・ストーリーテリング」、「数値による物語(narrative)」の4つのコースがあります。ビデオによるストーリーテリングは、今後のプレゼンテーションの形として重要かつ幅広く活用の場のある能力だと思います。


2)インサイト
インサイトは、「インサイトを行動につなげるファシリテーション」、「インサイトが推進するイノベーション」、「洞察力を養う方法」、「インフォグラフィックスとインサイト・ビジュアリゼーション」、「ビジネスにおけるインサイト」の5つのコースがあります。
インサイトについては、得られたインサイトをいかに役立てるか、インサイトを行動やイノベーションなどの実際の成果につなげる方法、その伝え方、特にビジュアルでの表現方法が関心事になっていることがうかがえます。


3)心理学的リサーチ
心理学的リサーチは、「カスタマー・エクスペリエンス」、「消費者心理」、「行動経済学」、「ニューロ・サイエンス」、「行動変容のためのデザイン」の5つのコースがあります。このコースを見ているとリサーチの実務が学術領域と連携して発展しているようです。リサーチ実務の経験年数を問わず、社会環境の変化の中で新しい知識を学ぶことができる内容といえそうです。リサーチが単なる「作業」で終わらずクリエイティブなワークであるためにも、研修によるインプットは重要だといえます。


3.定量 / 4.データ分析
定量・データ分析については、ビッグデータ時代の必須スキルである、データサイエンス、パイソン、R、マシンラーニングなど幅広いコースが提供されています。
新しい領域が柔軟に組み込まれたプログラムだといえます。おそらく、新しい講師によるコンテンツが追加され続けているのではないでしょうか。MRSの研修メニューを見ていると、日本のリサーチ業界が外から学ぶことを止めた鎖国状態になっているのではないかと心配になります。

5.リーダーシップとビジネス

MRSの研修メニューで特にユニークだと思ったのは、ビジネスとリーダーシップです。
最近は、調査会社で働く人の中で自分のことを「リサーチャー」ではなく「営業」だと思う人がかなりの割合になります。そういう人も含めて最大の関心事である「クライアントとの関係構築」や「新しいクライアントの獲得」というテーマや「コンサルティング」、「プレゼンテーション」のスキルについてのコースは魅力になると思います。
また「女性のリーダーシップ」や非常に速いスピードで開発がすすむ昨今の「アジャイル・リーダーシップ」などは、今のニーズをとらえたコンテンツといえるでしょう。


これまでリアルのセミナーを中心に開催してきたJMRAには、オンデマンドで学ぶ研修コンテンツはまだ揃っていません。オンラインでの学ぶ機会の提供とそのコンテンツの拡大は、喫緊の課題といえます。同時に、調査会社各社の幅広いリサーチの学びを応援する空気が大切だと思います。



今年10月20日(火)・22日(木)の午後、JMRAでは、MRSのフェローであるRay Poynterさんのオンライン・ワークショップ「データの中からストーリーを『見つけ出す』&『伝える』を実施する予定です。日本のリサーチャーに学ぶ機会を広げていただければと思います。

2020.8.18掲載