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「市場調査におけるビッグデータ分析の現状と課題」(2018.3.8実施)

                                      鈴木敦詞(りんく考房
 
 概要
イントロダクション:「市場調査業界の国際的潮流とISO19731」一ノ瀬 裕幸 氏
基調講演:「ビッグデータ分析ビジネスの過去と現在
             -ブレインパッドのケースから-」草野 隆史 氏
事例紹介:「市場調査におけるビッグデータ分析の実施状況」
篠原 正裕 氏・鈴木 文雄 氏・梅山 貴彦 氏・菅 由紀子 氏
パネルディスカッション・質疑応答・

ビッグデータやAI(人工知能)の関連技術が着実に進歩しつつある中、ESOMARなどグローバルな市場調査団体は、デジタル/Webデータ分析の品質管理基準整備に取り組み、「ISO19731(市場・世論・社会調査を目的とした)デジタル分析とWeb解析)」が発行されました。今回JMRAでは「どこから手をつけてよいかわからない」という市場調査業界の方々の為に、データ分析・活用ビジネスをリードするブレインパッドの草野会長(データサイエンティスト協会代表理事)を迎えて、JMRA会員社の具体的な分析事例を紹介・交流を通じ、課題と展望、人材育成などについてセミナーを行いました。


ビッグデータ分析への挑戦で、リサーチが真の「課題解決業」となるために

ビッグデータの時代に日本の市場調査業界は?
最初に、一ノ瀬氏より今回のセミナーの背景と狙いについて説明がありました。
それは、ビッグデータやAIの話題がもてはやされ、さらにはESOMARやISOでもデータ分析まで視野に入れた内容改訂が行われているときに、日本の市場調査業界はどうしたらいいのかを考える契機にしたいというものでした。
多くの人がすでに理解しているように、いまは量も種類も多様なデータが企業に集まり、そのデータを活用してビジネスを行っていくことが必要になっています。そのような中で、さまざまなデータサイエンス企業が成長を果たし、海外の市場調査会社も対応を進める中、ビッグデータ活用のビジネスパートナーとして日本の市場調査業界が選択肢に入っているだろうか、というのが問題意識であったと言います。

そこで以下では、市場調査業界がビッグデータ活用のパートナーとなるにはどうしたらよいのか、セミナーの内容をふまえながら考えていきます。

データ分析のポイントは「課題に対するデータ収集と分析を設計できること」
基調講演として、ブレインパッド(リンク
https://www.brainpad.co.jp/)の草野氏よりデータサイエンス事業を始めるに至った経緯とビッグデータ領域の現況、そして市場調査機関の可能性について話がありました。

同社の設立は2004年ですが、「企業に増え続ける大量データを活用した、適切な意思決定の支援を事業化していこう」というのが創業時に考えた方向性であり、つぎの2つをビジネスの基本にしたと言います。

・全数データにあたる以上、全顧客に施策を行うことを前提に
 (顧客の構造・傾向を分析するような案件はピークでも1/3程度)

・分析のための分析はやらない
 (施策の効果込みで分析の価値を評価してもらう)

実は、これらは市場調査会社との差別化も視野に入れたものということですので、市場調査業界の弱みとも取れます。
事業開始後の苦労話もいろいろ聞かせていただきましたが、後の登壇者の皆さんが“とても共感した”と言っていたので、データ分析を事業化する際に共通の障壁だと思われます。そこで、チェックリスト風に紹介しておきます。

・誰を営業先とするのか?(情報システム部ではなかった)
・適正単価をどうするか?(提供価値は?、そして人材確保にも影響)
・仕事を機械に奪われる?(新しいソフトと提供価値の関係は?)
・プロフェッショナルサービスファーム?(組織の問題)
・営業を育てるのが一番難しい?(分析を売る人?、分析者が売る?)
・ビッグデータは儲からない?(悪いループに陥らない案件の見極め)  

データ分析の現状については、処理自体はさまざまなツールもあり、“使うこと”の難易度は低下していると言います。では、データ分析に求められるポイントは何なのか? それは課題に対する「データの集め方」と「AI(分析)の活かし方」です。
さらに、日本の企業ではデータ分析が活用されていない状況もあり、データ分析は「まだ勝負がついた世界ではない」「これからも優位性の構築が可能」とも指摘し、「分析をわかっていて、現実世界の課題や理想状況を知っている」市場調査業界にもチャンスはあるとエールを送って、話は終わりました。

いまの市場調査業界のノウハウを活用することでデータ分析へ対応可能
つぎに、ビッグデータ分析の実施状況ということで4社からの事例紹介です。
インテージ(リンク
https://www.intage.co.jp/)篠原氏からは、お客様の環境変化、分析案件の事例、環境変化への対応(課題)、今後予想される変化への報告がありました。
事例では、複数のデータを統合し、分析結果をただ報告するだけでなくシミュレーションやモニタリングシステム、マーケティングダッシュボードなどを構築し、結果をクライアントや広告代理店と共有しビジネスに寄与している点が印象的でした。草野氏の話にもあった「分析を分析で終わらせない」領域に踏込んでいることが実感されます。
今後の課題についても3点指摘がありましたが、人材における「統合データ解析コンサルタント」という方向性に期待しているという点に共感します。どのような人材かというと、リサーチデータと各種ログデータを組合わせた分析設計ができ、かつ業務コントロールを担う人材ということで、定量リサーチャーやアナリストのスキル拡張で対応できるのではないかとしています。
さらに今後については、新しい技術や異なるプラットフォームをもつプレイヤーとの共創、そして測定技術や生活者理解のメタ知識など、すでにあるリサーチの価値を棚卸しして磨き上げる、言葉を変えるならリノベーションすることが必要だと指摘しました。



ついで日本リサーチセンター(リンク
https://nrc.co.jp/)鈴木氏からは、これまでのデータ分析、環境変化、マーケティングリサーチの目指すべき方向性について報告がありました。
これまでの経験をふまえ、スクレイピングやクレンジング、クリーニングというデータ分析の前工程、そして実際の分析については、アウトソーシングやソフトなどにより以前に比べ工数が軽減されてると言います。草野氏の発表にもあったように、データ分析に必要なツールを使う、あるいは専門の会社と共創することで、工数面でのコストが低下していることが実感できます。
そして、データサイエンティストとの比較の中で、データ分析においてリサーチャーが担うべき役割として、つぎの4つを提示しました。


とはいえ、市場調査業界はデータデリバリーだけではなく、データサイエンス領域やデータエンジニアリング領域についても学習する必要性を指摘します。

クロスマーケティング (リンク
https://www.cross-m.co.jp)の梅山氏からは、主にデータサイエンティストの育成方法について報告がありました。
まず「リサーチャーとデータサイエンティストでは、目指すところが異なるのではないか」という問題提起をします。データサイエンティストの雇用が難しいという、そもそもの前提もありますが、このような両者の志向性の違いから若手のリサーチャーをデータサイエンティストへ育成するという方法をとったと言います。
育成のポイントは、独自性や職人技・個人技にしないこと、教えられるものは出し惜しみしないこと、合理性や簡単さを追求することの3点があげられました。過去の市場調査業界を鑑みると、これらは広く人材育成において反省しなければならない点だと思います。



最後に、市場調査業界以外からの事例として、Rejoui(リンク
https://rejoui.co.jp/)の菅氏の報告がありました。
菅氏は、現在HR(ヒューマンリソース)領域においてデータ分析を軸にビジネスを行っています。HRの領域は「まずはデータ化、そして可視化という段階」と言う菅氏は、機械学習や各種統計法を活用した退職者予測などを通じて、クライアントへ寄与してます。
そして、データ分析を軸にビジネスをしている経験から、市場調査業界へつぎのようなメッセージを贈ります。

Rejouiは2016年に創業したばかりの若い会社ですが、現在では事務所移転を経て、5名のスタッフを雇用するなど、データ分析には大きな可能性があることを感じさせてくれました。


市場調査業界がビッグデータ分析に取組むために
これまで、セミナー内容をかいつまんで紹介してきましたが、最初のお題に戻り、「市場調査業界がビッグデータ活用のパートナーとなるにはどうしたらよいのか」について考えていきます。

これについては、すでにJMRAとしての目標が提示されています。



これまでのセミナー内容を読めば、ここであげられている目標は正しい方向性を示していると理解できるでしょう。さらに今回のセミナーをふまえて、いくつかの補足を行いたいと思います。

まず、「クライアントのマーケティング意思決定に貢献」です。
この目標のためには集めるデータへのこだわりを捨て、クライアントが持っているデータ活用にも積極的に取り組むことが求められます。集めるデータも含めたさまざまなデータをどう統合して、価値を抽出し、どう活用していくのかということへの関与が必要になります。「どのようなデータ」を使い、「どのような分析」をすることで、「どのような課題解決」に寄与するのかを設計し、そして実行することが、市場調査業界の提供価値になるでしょう。
また、実践に結びつくアウトプットを目指すことも求められるでしょう。これまでは、データを集め、情報を抽出・整理し、伝えることが市場調査のゴールでしたが、共にビジネスを回す、施策の効果も込みでアウトプットの評価をしてもらうという姿勢を示すことも必要になりそうです。

つぎに「既存データサイエンティストとの橋渡し役に」です。
Q&Aにおいて、おもしろい議論がありました。とくに機械学習などの技術を使うと過程がブラックボックスになり、これまで市場調査会社が提供してきた価値のひとつである因果関係や理由の解明と相反することになるのではないかという指摘です。たしかに、この点は否めないと感じます。
そこで、クライアントのニーズがモデル化にあるのか因果関係などの解明にあるのかを見極め、それにもとづいた提案をすること、さらにはモデルをブラックボックスのままにしておくのではなく他のリサーチや分析を通じてその機序や因果関係を明らかにするようなサポートを行うことも、市場調査会社がデータサイエンス企業との差別化を図る上でポイントになるでしょう。

そして、「この領域を担える人材を育成」です
データサイエンス人材を集めることは、どの会社も苦労しており、結局自分たちで育てるしかないというのが、今回の結論になりそうです。では、リサーチャーをデータサイエンティストとして育成するには、どうすればよいのでしょうか。
まず、今回の登壇者を見て感じたことは、基本にはリサーチの知見や、とくにデータや多変量解析へのしっかりとした理解があることです。しかし一方で、いまのリサーチャーでデータに関する知識(たとえば、データ構造やデータ統合についての知識)や、多変量解析の知識(具体的な手法、各手法の目的、ビジネスへの適用など)を持っている人がどれくらいいるでしょうか。まずは、ここからの教育が必要ではないかと感じます。このレベルをクリアすることで、クロスマーケティングが行っているような有志による高度なデータサイエンス教育が生きてくるのだと思います。
さらに、草野氏をはじめ多くの人が指摘している「生活者理解」や「マーケティング知識」「論理思考」も欠かすことはできません。これらは、JMRAでは解釈・提案のための基本的なスキルとなっていますが、多くのリサーチャーがこのような知識を十分に持っていると自信を持って言えるでしょうか。データや多変量解析と同様、まだまだ教育が必要な分野だと感じています。

最後に・・・
本筋から離れるかもしれませんが、最後に「ビッグデータ分析はこれから」という皆さんへ、2点補足しておきたいと思います。
1つめは「チャンスがあるなら、やってみよう」という姿勢の大切さです。今回のセミナーで印象的だったのは、市場調査業界の外からプレゼンしていただいた草野氏と菅氏が自身のビジネス創業のきっかけを「ビジネスチャンス」の発見にあると述べたことです。草野氏は「企業データを活用すること」を、そして菅氏は「HRの世界ではデータ分析が未だ充分にはされていない」ことをチャンスと捉えました。この機を見るに敏な姿勢、そしてチャンスを積極的に掴みにいく姿勢こそが、いま市場調査業界で足りないのではないかと感じました。
ビッグデータ分析への取組みは、これまでの市場調査と密接な領域であることは議論の余地はなく、さらに「まだ勝負がついた世界ではなく、これからでも優位性の構築が可能な領域」なのだとすれば、多くの市場調査会社、そしてこの業界に所属する人が、もっと積極的に取組むことで可能性も広がるでしょう。

2つめは、「いきなり難しい領域ではなく、簡単なことから」ということです。
これまで議論してきた「データ分析」は、なにも巨大なデータを回すことや、機械学習、ディープラーニングといった先端の分析手法を用いることばかりではありません。登壇者が発表された事例も、シンプルな多変量解析の応用であるものも少なくありません。
まずは、自らサーベイすることで集めたデータ以外のデータを分析する、クライアントが既にもっているデータに挑戦することから始めればよいのではないでしょうか。そして分析と言っても、データをまとめる、分ける、特徴を抽出する、予測するといったシンプルな多変量解析からやってみる、ということでもクライアントのビジネスに寄与できる余地はあるのではないかと思います。
すでにあるデータの分析やシンプルな多変量解析からデータ分析にチャレンジし経験を積むことが、つぎのより大きなプロジェクトに繋がるのだと思います。


++執筆者紹介+++
鈴木敦詞(りんく考房)
マーケティングエージェンシー、リサーチ会社を経て独立しフリーランスとして活動。マーケティングおよびリサーチに関する業務支援や研修を主に行う。
また
blog/Facebook「マーケティングリサーチの寺子屋」を通じての情報発信や執筆活動、大学非常勤講師も勤める。
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