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トピックスセミナー(2022.7.15)レポート
「リサーチャーなら読むべき本 2022」 第3回
水野誠 氏「マーケティングは進化する クリエイティブなMarket+ingの発想」

広報セミナー委員会 委員長 大槻 美聡


本シリーズの3回目にご登壇いただいたのは、明治大学の水野誠先生です。 今回ご紹介いただいた本は、平成26年の第1版の内容の半分くらいを思い切って刷新された改訂版。本書では、伝統的なマーケティングの概念には普遍性があるものの、そこに発想の転換を加えることが必要になってきている、という前回からの主旨を引き継ぎつつ、マーケティングに関する、さらに今日的な課題や未来像が語られています。

水野先生は、市場分析からターゲットやブランド・アイデンティティにアプローチするのを「トップダウン型」、中核的な顧客を起点に顧客資産やLTV(顧客生涯価値)にアプローチするのを「ボトムアップ型」のマーケティングと定義しておられます。今回の講演では、顧客生涯価値といった「ボトムアップ型」の指標にマーケティング目標がシフトしていっている中、STP+4Pに代表されるような「トップダウン型」のアプローチに無理が生じてきているのではないか、という問題意識について詳しく説明されました。マーケターによる少数の質的情報への興味拡大が身近に見られること、ビッグ・データでその少数意見を補完することができるようになったことなどから「ボトムアップ型」のアプローチがマス・マーケティングでも用いられるようになっている事例を示されました。標本調査を前提とする従来型のリサーチ環境の悪化も影響し、個人から仮説を抽出する定性調査や個人のデータの観察から始まるような「ボトムアップ型」の解析手法はより拡大するのではないかと考察されていました。

リード・ユーザーやエクストリーム・ユーザーなど少数者から解にあたりをつける「ボトムアップ型」のマーケティングを、従来型の「トップダウン型」のマーケティングと共に循環的に用いる推奨が、マーケティングがサイエンスたることを志向されている水野先生から提案されたことは非常に意味があることです。これからのデータ解析のテクノロジーを用いた従来型の「トップダウン型」のリサーチを、ボトムアップ型のリサーチと循環させることで、「n=1」起点のインサイトも「サイエンス」と位置づけられるようになるかも、という気づきを改めて得ることができました。

ビッグ・データに関しては、手に入れやすくなった反面、「リッチであるが依然代表性が疑問視される点」「データ固有のバイアスがある点」「膨大な解析コストがかかる点」などいくつかの問題点を挙げ、リサーチを代替する、という期待の実現には至っていないという見解を示されました。ビッグ・データの解析だけで結論を導く危うさをご指摘の上、その解析で抽出した仮説をリサーチで検証することの必要性を指摘されました。また、Deep Learningなど急速に進化している予測手法などは複雑すぎることを理由に、これだけを用いるのではなく、「選択モデル」と両方を適宜扱うような将来を想像されていました。

講演の終盤では、今後の解析技術の進歩、心理・経済的モデルの発展は、さらなるサイエンス化を促進しマーケティングの生産性が徹底されていくだろうが、それが消費者の利益と対立することはないだろうか、という問題提起がなされました。(マーケティング・パラダイムの変化が倫理性を求めている点、ダイナミック・プライシングは、本当にwin-winと言えるのだろうかという疑問、など) BtoBでは「カスタマー・サクセス」という概念が定着しつつあるが、BtoCの領域ではまだそれが見えにくい状態にある、というご指摘には、ハッと考えさせられるものがありました。

先生は最後に、STP+4Pという非常に頑健な枠組みは、それ自体は維持されながらパラダイムの変化で意味を変容させマーケティングはさらに進化すると語られました。結論として出されたこの言葉を、我々リサーチャー側は、さらに分解してクライアントのリサーチ課題へと展開し、アプローチに生かしていかねばならないと感じました。

本書には、今回は時間の都合で紹介していただけなかった、ネットワーク分析の基本的な考え方など、リサーチ手法に直結する数多の知識が含まれており、まさに帯に記載された「淘汰されないための温故知新」を体現した内容がちりばめられています。今回のご講演の理解を深めるためにも、マーケティングの教科書としても、ぜひお手元に置いていただきたいと思います。

本シリーズ第4弾、9月16日(金)開催の『データドリブン思考』河本薫氏も是非ご視聴ください。

2022.8.22掲載