■グローバル・カンファレンスで発表する価値
世界は急速にグローバル化がすすみ、大手クライアントは世界市場を見ています。また、クライアント内のリサーチ関連部門の体制や役割も大きく変化しています。リサーチャーも世界規模で活躍するクライアントの考えていることに目線を合わせることが必要とされています。今、世界のリサーチ業界では、ものすごい勢いでAIやオートメーションをはじめとする新しいテクノロジーの活用が始まっています。グローバルのカンファレンスでは、日本では見られない先進的な取り組みやテクノロジーの活用、ユニークな視点が紹介されます。効率と低コストを優先しているだけではその次の勝負には勝てません。「日本は別」と鎖国的マインドでいることの危険を感じます。
グローバル・カンファレンスに登壇することはリサーチ会社とリサーチャー自身の先進性やケイパビリティを示す場となり、チャンスの幅が広がります。印象深いプレゼンターやそういう人を輩出する調査会社は記憶に残ります。このような積み重ねがイノベーティブなリサーチ会社ランキングでの評価や価格オンリーではなく能力で調査会社を選ぶ先進的なクライアントの目にとまる可能性にもつながっています。リサーチャー自身にとっても、より大きなチャンスをつかむためのセルフ・ブランディングと考えられているようです。日本でも、セルフ・ブランディングの重要性が今後高まってゆくと思います。
■グローバル・カンファレンスに応募したい方へのアドバイス
カンファレンスのテーマにしっかり焦点を合わせることが大事です。例えば今回のESOMAR APACであれば、テーマはCelebrating Impact『インパクトを祝う』ですが、どのような『インパクト』をビジネスに、リサーチに、社会的に与えたのかという点やAPACという地域との関連性を強調するとよいと思います。ノウハウの提供が期待されているわけではなく、得られたインサイト、リサーチの価値、リサーチの今後の方向性を感じさせるものが高評価です。何か聴衆をうならせる新しい視点や新しい方法があるとよいですが、セールス色の強いものは敬遠されます。また、理念だけで実際には何をしたのかがわかりにくいものや、どこにユニークさや価値があるのかが伝わりにくいものは不利だと思います。クライアントを巻き込むことは、その調査がどのようにクライアントの役に立ったのかという点で聴衆の関心を惹きつけます。応募の時点では、結果や分析については今後の見込みであってもかまいません。
発表時間はわずか20分。プレゼンの中で調査結果や分析のすべてを見せる必要はなく、聴衆のもっと知りたいという気持ちを高めることに徹し、詳しいことは論文を見ていただけばよいと割り切ってよいと思います。プレゼンテーションは、聴衆にメッセージがしっかり届くストーリーテリングの能力が重要だと思います。
まずは、世界のリサーチのトレンドや話題についていき、カンファレンスの場数を踏むことが大切だと思います。
■日本のカンファレンスとの違い
ESOMAR APACのプログラム委員として参加して感じた日本と海外のカンファレンスの違いについて述べたいと思います。
・質疑応答
日本のカンファレンスでは、質疑応答は、サクラを準備しないとほとんど手があがらないのが普通ですが、海外のカンファレンスでは想定質問が不要なほど聴衆からどんどん手が挙がります。「カンファレンスは聴衆のためのもの」という考え方が基本にあり、聴衆との対話や質疑応答が非常に重視されています。こうした「質問力・発言力」が、日本のリサーチャーが学ぶべきことの一つだと感じます。
・SNS活用
#ESOMARをつけてSNSで拡散することが推奨されています。ESOMARのライブ配信だけでなく、中国の調査会社では会社アカウントでライブ情報を発信しているほか、参加者の個人アカウントでもどんどん発信されており、SNSでの盛り上がりや情報共有のスピード感が違います。 このような参加者のSNSでの自発的な発信が、カンファレンスそのものの認知やそこに行く価値を広め、次の会に参加したいというモチベーションの醸成にもつながっています。
・男女平等
WIREというリサーチ業界の女性のエンパワーメントのためのグローバル・ネットワークがあります。カンファレンスでの男性だけのパネル・ディスカッションに対して厳しく改善を求めSNS上でも大きな話題になったのがきっかけで、あらゆる場面で男女の構成比が慎重に配慮されています。
・ストーリーテリングの能力
ビデオやビジュアルを駆使し、檀上から聴衆への語りかけもあるTED風のストーリーテリングなプレゼンテーションが多く、見ていて引き込まれます。今やアウトプットとして、クライアントへのビジネス課題についての提案までが求められる時代であり、リサーチャーのスキルセットも広がりを見せています。
・カンファレンスの進行の演出
ESOMARの会議の進行では、日本のカンファレンスのように、いわゆるアナウンサーのような女性が題目と発表者名を読み上げるという風景はありません。登壇しているセッション・チェアーが、次の人にファーストネームで壇上に上がるよう声をかけて繋ぎ、進行にチーム感を出しています。運営メンバーの団結した楽しい雰囲気が出せる点ですてきな進行だと思います。
■リサーチ業界のグローバル・トレンド
グローバル・カンファレンスに行く価値はどのようなところにあるのでしょうか。カンファレンスに参加や発表することが即セールスにつながるものではありません。またカンファレンスで提供できる情報の準備も簡単ではないと思います。それでも意志を持って挑戦し続けなければ、日本のマーケティング・リサーチは孤立したものになってしまうのではないでしょうか。
まずは、もっと海外のカンファレンスに参加して、グローバルの場での発信や意見交換をその場で体験してみてはどうでしょうか。国内の仕事をしている人も、日本のグローバル・リサーチャーです。他国のリサーチャーとたまたま同じテーブルになったり、ネットワーキング・ドリンクで会話を交わすなどの小さな交流も含めて、参加して、経験して、情報を吸収するだけでも、次の成長に繋がると思います。海外カンファレンスの場のもつネットワーキング力やその情報の価値の大きさに気づいていただければと思います。
私がカンファレンスに行く必要を強く感じ、特に関心をもっているのは以下のような点です。
◆ネットワーク作り
すばらしい発表やワークショップをした人や業界の有名人と直接話ができるのは楽しみで
す。また、これはいい、新しい、すごいと思うテクノロジーやツール、手法、それを提供する会社と出会うことがあり、ビジネスのネットワーキングの場といえます。日本で問題なく利用できるかは確認する必要がありますが、世界中から英語ベースで世界市場を目指した新しいサービスが活発に開発されています。日本市場しか見ていないサービスと比べると開発スピードや規模で負けてしまう可能性があります。
◆M&Aによる業界地図の変化
業界の巨人と言われる企業にもM&Aの波は来ています。背景には、ビッグデータをはじめとしたビジネスモデルの変化、リサーチのオートメーション化など大きな開発投資の必要もあるでしょう。リサーチがもっとアジャイルになる必要性が語られ、今まで通りではいけないという危機感があります。またリサーチの周辺領域に数多くのスタートアップ企業が生まれていることにも気づきます。そのサービスは一体どのようなものなのか、どのように使えるのだろうかと興味はつきません。カンファレンスはこのような業界の変化を生で体験する場となります。
◆グローバル・インターネット調査パネル業界の変化
グローバルのインターネット調査パネル業界においても、大型のM&Aが続いています。運用の効率化と自動化の波が来ており、パネル管理、低価格化、データの精度向上に向けた開発が続いています。マーケット・プレイス型のパネル販売、同一サンプルの排除のためのデジタル・フィンガープリントの活用、ブロックチェーンを利用したパネル管理や精度向上に向けた開発などがその例です。
◆リサーチのAI・オートメーション
リサーチのオートメーション化は、特に広告評価調査などの定型的な調査や大量のデータを扱うところから進展しています。
例えば、以下のようなものです。
- パッシブデータの分析(行動ログ・脳波・表情解析・バイオメトリクス領域など)におけるAI活用
- 調査のセルフサービス 人を介さずオンラインで調査を発注でき、自動でアウトプットまで生成される
- オンラインコミュニティの情報から、AIを活用してチャットボットを作る
- レポートの自動化・ダッシュボード化 など
また、ESOMAR APAC2019のプレゼンで興味深かったものに、クライアント社内にバラバラに眠っているリサーチ・データをAI活用で必要な情報をすぐに取り出せるようにし、社員のデータ活用を図るとともに、社内の別の部署で同じような調査を発注する無駄を省くという事例がありました。
・
Reloaded: An AI-Enabled Insights Journey [Absolutdata]
(AIが可能にしたインサイト・ジャーニー)
◆今後伸びるテーマ
今後もビデオ(動画)や音声の分析、複数のデータソースの統合、パッシブデータ(行動ログ・脳波・表情解析・バイオメトリクス領域など)、ビッグデータと定性的視点のフュージョンによる分析などの領域は、ますます伸びてゆくと思われます。
ESOMAR APAC 2019の中で興味深かったものとしては、スマートフォン広告が発展する中で、その狭い画面の中でいかに商品に目をひきつけて印象に残し購入に繋げるかについての広告効果の検証調査がありました。これからの注目点だと思います。
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Overcoming Barriers to Purchase in Online Shopping Environments [SKIM]
(オンライン購入環境における購買への障害の克服)
◆最後に
行動経済学(Behavioral Economics・BE)、記号論(セミオティクス)、グラウンデッド・セオリー(定性情報の分析法)などは、日本のカンファレンスではあまり登場しないように思いますが、海外のカンファレンスでは頻繁に登場します。例えば、ノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマン(ファスト&スロー)のシステム1、システム2の話は、常識といっていいレベルです。まずは、グローバルのカンファレンスでどのような発表が行われているかを知らなければ、どういうものを準備すればよいのかもわからず、その差はますます大きくなってしまいます。
私たちは日本のリサーチ業界の将来のために、日本からの情報発信をするグローバルに活躍するリサーチャーが続くよう、またその知見が日本でも共有されるよう、後押ししつづけなければならないと思います。そのためには少しずつでも参加者を増やし、関心を広げていかないといけません。少し目線を上げて業界を俯瞰することで、リサーチ業界が世界的に大きな変化を迎えていることを実感し、リサーチの新しい面白さに気づいていただくきっかけになれば幸いです。
(参考)
※ESOMAR APAC2019の発表ビデオは、ESOMARサイトのESOMAR APAC 2019のページよりESOMAR TVに登録してご覧ください。
https://www.esomar.org/events/2019/asia-pacific-2019/asia-pacific-2019-tv
※Paperは、ESOMAR ANAから検索してください。(一部掲載されていないものもあります。)
https://ana.esomar.org/