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ESOMAR APAC2019 プログラム委員体験レポート

ほんぶん・りーど
2019年5月22日(水)~24日(金)に、ESOMAR APAC2019が、中華人民共和国マカオ特別行政区において開催されました。
こちらでプログラム委員を務められた(株)クロス・マーケティングの岸田典子 氏の寄稿文をご紹介します。
ほんぶん
2019.8.27
報告:株式会社クロス・マーケティング  岸田 典子

ESOMAR APAC 2019 プログラム委員として参加して

■ESOMAR APAC 2019 プログラム委員の仕事

リサーチ業界の皆さんがご存じのように、ESOMARは、世界の『市場調査とデータサイエンス・アナリティクス業界』を主導し、ビジネスと学びとネットワーキングの場を提供する団体です。本部はオランダにあり、リサーチ綱領やGDPR、世界のリサーチ業界動向の情報発信を行っています。GDPRや個人情報に関する問題が起こったときにBBCなどの世界的メディアからインタビューを受けるのはESOMARであり、世界中のリサーチ業界団体を束ねる存在といえます。世界各地でカンファレンスを行っており、ESOMAR APACはそのアジア・パシフィック地域のカンファレンスです。
ESOMARのカンファレンスは事前の審査があり、発表者にカンファレンスでのプレゼンテーションだけでなく論文の提出も義務付けているため、クオリティの高い最先端のリサーチの発表が集まります。カンファレンスでの発表はオンラインで世界中にライブ中継され、そのビデオと論文は、ESOMARのサイト内にあるAI搭載のANAと呼ばれるライブラリーにアーカイブされます。今回私は、ESOMAR APAC 2019のプログラム委員を担当しましたので、その仕事とこのようなカンファレンスに参加する価値やおもしろさをご紹介します。

今回は、ESOMAR APACが始まって20回目の記念の年で、Celebrating Impact『インパクトを祝う』というテーマで行われました。プログラム委員は、アジア・パシフィックの国・地域から、ベテランと若手、クライアントと調査会社、男女など多様性に配慮して選定されています。今回はインドから2名、中国、マカオ、フィリピン、マレーシア、日本から各1名の計7名が担当しました。

https://www.esomar.org/events/2019/asia-pacific-2019/asia-pacific-2019-programme

プログラム委員の仕事は、カンファレンスの約半年前、100件を超える応募作の審査から始まります。評価のガイドラインに基づき、プログラム委員の採点と評価理由が取りまとめられ、テレカンでのディスカッションを通して、20組程度の発表者を選びます。
選定にあたっては、最先端の刺激的で革新的な提案があるもの、リサーチの価値を高め、APAC地域に貢献するものに着目しています。またクライアントの参加を促すものか、次世代のスターとなる新しいリサーチャーが入っているか、国、調査会社、年齢、性別、調査テーマなど幅広く選定できているかという観点からも慎重にチェックします。かなり大変な作業でしたが、このプロセスのESOMAR事務局の仕切りは見事でした。審査する側に回るとどういうものが選ばれやすいか、次に何がきそうかが見えてきます。
続いて約20作の論文の審査をし、ベストペーパー賞を選定します。また提出された論文のクオリティを上げるためのフィードバックもします。ここまでのプロセスでプログラム委員に期待されることは、世界のリサーチ・トレンドを踏まえ、リサーチ業界の課題意識をもっていること、クライアントのビジネス課題を理解し、リサーチのアウトプットのクオリティや価値の判断ができること、また選定に関して建設的な意見交換することといえます。
次いで、発表内容のテーマ別にプログラム委員の担当が決まり、ESOMAR事務局を介した発表者とのコミュニケーションが始まります。英語が母国語ではない人も混じるAPACのカンファレンスの聴衆にわかりやすいように、また20分という枠に合わせるために事前のテレカンや前日のテック・リハーサルを行います。多くの場合長すぎるため、短くしてもらう必要があります。発表はいわゆるTEDスタイルが多く、みなさんプレゼン上手です。聴衆をひきつけるビデオやビジュアルを駆使したストーリーテリングの能力は、リサーチャーとして必須の要件となっているように感じます。

プログラム委員はカンファレンス当日、担当するセッションのチェアー(司会)をします。セッションのテーマと発表者の紹介をし、発表終了後の聴衆との質疑応答の進行をします。
私の担当は、初日午前の基調講演などの後で、Celebrating Humanity『ヒューマニティを祝う』というテーマでの以下の3作品です。いずれも社会問題の解決(背景にある理由の特定やその効果測定)、人々の生活や考え方を改善し、かつその経済的効果も示したリサーチです。今回のカンファレンスでは、テクノロジー領域だけではなく、ヒューマニティ領域が大きく注目されました。社会をよりよいものにするための活動は、人々に深い共感を起こし、またそれが経済効果を生むまでの大きな流れとなっていることを感じます。

  1. Ipsos K.K., JapanとUnilever, Japan 
    “Shrugging off gender inequality”,(男女格差に肩をすくめる)
    日本の男女格差と背景にある文化についての多面的な分析により、いかにLUXのブランド
    ミッションである真の女性へのサポートと消費者に響くブランド・メッセージを実現したのか。   
  2. Google Asia PacificとKantar TNS 
    “Internet Saathi: Building a Digital India for All“ 
    (インターネット・サーティー(友人):すべての人へのデジタル・インドを築く)
    インド僻地の女性へのデジタルリテラシー教育がもたらした効果の検証調査。
    ※ベストプレゼンテーション賞受賞
  3. The Behavioral Architects  
    “The Real Story Ends in Landfill” (埋立の中の本当の話)
    サイクロン被害を受けた南太平洋の島に送られたオーストラリアからの大量の援助物資が
    生み出した困難な状況を行動経済学による調査で解決する。
    ※ベストペーパー賞受賞

私の担当したセッションから、審査員が選ぶベストペーパー賞(The Behavioral Architects)と聴衆が選ぶベストプレゼンテーション賞(GoogleとKantar TNS)の両方の受賞作が選ばれ、非常にうれしく思いました。
いずれもすばらしいプレゼンテーションなので、ぜひESOMARのアーカイブビデオを視聴していただきたいと思います。リサーチがグローバル規模で社会をよりよいものに変える貢献していることを知るのは、リサーチャーとしてのモチベーションを大きく上げてくれるのではないでしょうか。

カンファレンスでのセッション・チェアーは、大勢の聴衆の中で臨機応変な対応が必要なので準備は手探りでしたが、とても温かい励ましを受け、私も今後このような機会のある方をぜひ応援したいと思っています。
参加した方たちがよかったと言ってくださったので、とりあえず任務は果たしたとほっとしています。英語の能力はありもので勝負するしかないので、笑顔と度胸と練習が大切だと思います。
すばらしいプログラム委員の仲間ができたことと、カンファレンスが終わった後、事務局長のFinn Rabenさんから「これからもESOMAR ファミリーのメンバーでいてくださいね」とぎゅっと握手していただいたことが、何よりもじんわりとうれしく思い出されます。

写真は、ESOMAR事務局とプログラム委員のメンバーです。プログラム委員は、長期にわたって手間のかかる仕事ですが、内容はどれも刺激的で楽しいものでした。
ESOMAR APAC2019は、カジノで有名なマカオで行われ、中国の経済力を強く感じました。中国の発表は、新しいテクノロジー、ビッグデータ領域とグローバルマーケットに向けた積極性を強く感じさせるものでした。またインドからの発表も多く、存在感が増しています。来年のESOMAR APAC2020は、インドのニューデリーで行われます。日本からも挑戦者がでることを期待しています。

ESOMAR APAC 2020 発表者募集サイト
https://www.esomar.org/events/2020/asia-pacific-2020/asia-pacific-2020-highlights
追記
■グローバル・カンファレンスで発表する価値
世界は急速にグローバル化がすすみ、大手クライアントは世界市場を見ています。また、クライアント内のリサーチ関連部門の体制や役割も大きく変化しています。リサーチャーも世界規模で活躍するクライアントの考えていることに目線を合わせることが必要とされています。今、世界のリサーチ業界では、ものすごい勢いでAIやオートメーションをはじめとする新しいテクノロジーの活用が始まっています。グローバルのカンファレンスでは、日本では見られない先進的な取り組みやテクノロジーの活用、ユニークな視点が紹介されます。効率と低コストを優先しているだけではその次の勝負には勝てません。「日本は別」と鎖国的マインドでいることの危険を感じます。

グローバル・カンファレンスに登壇することはリサーチ会社とリサーチャー自身の先進性やケイパビリティを示す場となり、チャンスの幅が広がります。印象深いプレゼンターやそういう人を輩出する調査会社は記憶に残ります。このような積み重ねがイノベーティブなリサーチ会社ランキングでの評価や価格オンリーではなく能力で調査会社を選ぶ先進的なクライアントの目にとまる可能性にもつながっています。リサーチャー自身にとっても、より大きなチャンスをつかむためのセルフ・ブランディングと考えられているようです。日本でも、セルフ・ブランディングの重要性が今後高まってゆくと思います。

■グローバル・カンファレンスに応募したい方へのアドバイス
カンファレンスのテーマにしっかり焦点を合わせることが大事です。例えば今回のESOMAR APACであれば、テーマはCelebrating Impact『インパクトを祝う』ですが、どのような『インパクト』をビジネスに、リサーチに、社会的に与えたのかという点やAPACという地域との関連性を強調するとよいと思います。ノウハウの提供が期待されているわけではなく、得られたインサイト、リサーチの価値、リサーチの今後の方向性を感じさせるものが高評価です。何か聴衆をうならせる新しい視点や新しい方法があるとよいですが、セールス色の強いものは敬遠されます。また、理念だけで実際には何をしたのかがわかりにくいものや、どこにユニークさや価値があるのかが伝わりにくいものは不利だと思います。クライアントを巻き込むことは、その調査がどのようにクライアントの役に立ったのかという点で聴衆の関心を惹きつけます。応募の時点では、結果や分析については今後の見込みであってもかまいません。
発表時間はわずか20分。プレゼンの中で調査結果や分析のすべてを見せる必要はなく、聴衆のもっと知りたいという気持ちを高めることに徹し、詳しいことは論文を見ていただけばよいと割り切ってよいと思います。プレゼンテーションは、聴衆にメッセージがしっかり届くストーリーテリングの能力が重要だと思います。
まずは、世界のリサーチのトレンドや話題についていき、カンファレンスの場数を踏むことが大切だと思います。

■日本のカンファレンスとの違い
ESOMAR APACのプログラム委員として参加して感じた日本と海外のカンファレンスの違いについて述べたいと思います。

・質疑応答
日本のカンファレンスでは、質疑応答は、サクラを準備しないとほとんど手があがらないのが普通ですが、海外のカンファレンスでは想定質問が不要なほど聴衆からどんどん手が挙がります。「カンファレンスは聴衆のためのもの」という考え方が基本にあり、聴衆との対話や質疑応答が非常に重視されています。こうした「質問力・発言力」が、日本のリサーチャーが学ぶべきことの一つだと感じます。

・SNS活用
#ESOMARをつけてSNSで拡散することが推奨されています。ESOMARのライブ配信だけでなく、中国の調査会社では会社アカウントでライブ情報を発信しているほか、参加者の個人アカウントでもどんどん発信されており、SNSでの盛り上がりや情報共有のスピード感が違います。 このような参加者のSNSでの自発的な発信が、カンファレンスそのものの認知やそこに行く価値を広め、次の会に参加したいというモチベーションの醸成にもつながっています。

・男女平等
WIREというリサーチ業界の女性のエンパワーメントのためのグローバル・ネットワークがあります。カンファレンスでの男性だけのパネル・ディスカッションに対して厳しく改善を求めSNS上でも大きな話題になったのがきっかけで、あらゆる場面で男女の構成比が慎重に配慮されています。

・ストーリーテリングの能力
ビデオやビジュアルを駆使し、檀上から聴衆への語りかけもあるTED風のストーリーテリングなプレゼンテーションが多く、見ていて引き込まれます。今やアウトプットとして、クライアントへのビジネス課題についての提案までが求められる時代であり、リサーチャーのスキルセットも広がりを見せています。

・カンファレンスの進行の演出
ESOMARの会議の進行では、日本のカンファレンスのように、いわゆるアナウンサーのような女性が題目と発表者名を読み上げるという風景はありません。登壇しているセッション・チェアーが、次の人にファーストネームで壇上に上がるよう声をかけて繋ぎ、進行にチーム感を出しています。運営メンバーの団結した楽しい雰囲気が出せる点ですてきな進行だと思います。

■リサーチ業界のグローバル・トレンド
グローバル・カンファレンスに行く価値はどのようなところにあるのでしょうか。カンファレンスに参加や発表することが即セールスにつながるものではありません。またカンファレンスで提供できる情報の準備も簡単ではないと思います。それでも意志を持って挑戦し続けなければ、日本のマーケティング・リサーチは孤立したものになってしまうのではないでしょうか。
まずは、もっと海外のカンファレンスに参加して、グローバルの場での発信や意見交換をその場で体験してみてはどうでしょうか。国内の仕事をしている人も、日本のグローバル・リサーチャーです。他国のリサーチャーとたまたま同じテーブルになったり、ネットワーキング・ドリンクで会話を交わすなどの小さな交流も含めて、参加して、経験して、情報を吸収するだけでも、次の成長に繋がると思います。海外カンファレンスの場のもつネットワーキング力やその情報の価値の大きさに気づいていただければと思います。
私がカンファレンスに行く必要を強く感じ、特に関心をもっているのは以下のような点です。

◆ネットワーク作り
すばらしい発表やワークショップをした人や業界の有名人と直接話ができるのは楽しみで
す。また、これはいい、新しい、すごいと思うテクノロジーやツール、手法、それを提供する会社と出会うことがあり、ビジネスのネットワーキングの場といえます。日本で問題なく利用できるかは確認する必要がありますが、世界中から英語ベースで世界市場を目指した新しいサービスが活発に開発されています。日本市場しか見ていないサービスと比べると開発スピードや規模で負けてしまう可能性があります。

◆M&Aによる業界地図の変化
業界の巨人と言われる企業にもM&Aの波は来ています。背景には、ビッグデータをはじめとしたビジネスモデルの変化、リサーチのオートメーション化など大きな開発投資の必要もあるでしょう。リサーチがもっとアジャイルになる必要性が語られ、今まで通りではいけないという危機感があります。またリサーチの周辺領域に数多くのスタートアップ企業が生まれていることにも気づきます。そのサービスは一体どのようなものなのか、どのように使えるのだろうかと興味はつきません。カンファレンスはこのような業界の変化を生で体験する場となります。

◆グローバル・インターネット調査パネル業界の変化
グローバルのインターネット調査パネル業界においても、大型のM&Aが続いています。運用の効率化と自動化の波が来ており、パネル管理、低価格化、データの精度向上に向けた開発が続いています。マーケット・プレイス型のパネル販売、同一サンプルの排除のためのデジタル・フィンガープリントの活用、ブロックチェーンを利用したパネル管理や精度向上に向けた開発などがその例です。

◆リサーチのAI・オートメーション
リサーチのオートメーション化は、特に広告評価調査などの定型的な調査や大量のデータを扱うところから進展しています。
例えば、以下のようなものです。
  • パッシブデータの分析(行動ログ・脳波・表情解析・バイオメトリクス領域など)におけるAI活用
  • 調査のセルフサービス 人を介さずオンラインで調査を発注でき、自動でアウトプットまで生成される
  • オンラインコミュニティの情報から、AIを活用してチャットボットを作る
  • レポートの自動化・ダッシュボード化 など
また、ESOMAR APAC2019のプレゼンで興味深かったものに、クライアント社内にバラバラに眠っているリサーチ・データをAI活用で必要な情報をすぐに取り出せるようにし、社員のデータ活用を図るとともに、社内の別の部署で同じような調査を発注する無駄を省くという事例がありました。
Reloaded: An AI-Enabled Insights Journey [Absolutdata]
(AIが可能にしたインサイト・ジャーニー)


◆今後伸びるテーマ
今後もビデオ(動画)や音声の分析、複数のデータソースの統合、パッシブデータ(行動ログ・脳波・表情解析・バイオメトリクス領域など)、ビッグデータと定性的視点のフュージョンによる分析などの領域は、ますます伸びてゆくと思われます。
ESOMAR APAC 2019の中で興味深かったものとしては、スマートフォン広告が発展する中で、その狭い画面の中でいかに商品に目をひきつけて印象に残し購入に繋げるかについての広告効果の検証調査がありました。これからの注目点だと思います。
Overcoming Barriers to Purchase in Online Shopping Environments  [SKIM]
(オンライン購入環境における購買への障害の克服)


◆最後に
行動経済学(Behavioral Economics・BE)、記号論(セミオティクス)、グラウンデッド・セオリー(定性情報の分析法)などは、日本のカンファレンスではあまり登場しないように思いますが、海外のカンファレンスでは頻繁に登場します。例えば、ノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマン(ファスト&スロー)のシステム1、システム2の話は、常識といっていいレベルです。まずは、グローバルのカンファレンスでどのような発表が行われているかを知らなければ、どういうものを準備すればよいのかもわからず、その差はますます大きくなってしまいます。

私たちは日本のリサーチ業界の将来のために、日本からの情報発信をするグローバルに活躍するリサーチャーが続くよう、またその知見が日本でも共有されるよう、後押ししつづけなければならないと思います。そのためには少しずつでも参加者を増やし、関心を広げていかないといけません。少し目線を上げて業界を俯瞰することで、リサーチ業界が世界的に大きな変化を迎えていることを実感し、リサーチの新しい面白さに気づいていただくきっかけになれば幸いです。

(参考)
※ESOMAR APAC2019の発表ビデオは、ESOMARサイトのESOMAR APAC 2019のページよりESOMAR TVに登録してご覧ください。
https://www.esomar.org/events/2019/asia-pacific-2019/asia-pacific-2019-tv
※Paperは、ESOMAR ANAから検索してください。(一部掲載されていないものもあります。)
https://ana.esomar.org/