ESOMAR Congress 2024が9月8日~11日にギリシャのアテネを舞台に開催され、1,000名を超える参加者が現地に集いました(一部のプログラムはオンライン中継もされました)。
ほぼすべての発表において生成AIの利活用について触れられ、国際的には多くのクライアントや大手調査会社がすでに実装済みで、有効活用に向けた検証段階に入っていることがうかがえました。映画のように鮮やかな動画、AIが生成したアバターによる3Dアニメのプレゼンなど、「見せる」「伝える」ためのレベルが一段と向上した技術の進歩にも目を見張るものがありました。また、合成データ(Synthetic Data)の扱いについては議論百出といった状況ながら、具体的かつ有効な活用事例も積み上がってきていることから、今後はその利用法をめぐる法的・倫理的な基準作りが求められることになると考えられます。
<レポート1>
欧米の生成AI活用は実装段階:調査会社にも十分に勝機あり
ESOMAR GMR日本アンバサダー 一ノ瀬裕幸

(開会式と展示ブースの概況)
1.実用段階に入った生成AIの応用
今年の大会でも、クライアントと調査会社との共同発表が目立ちました。特に、生成AIの活用に関して大手クライアント側からの要請に調査会社が応える形での、実験的な調査・解析結果に基づく成果や課題の報告が多かったと思います。
AI活用による作業効率向上の取り組みは当然として、AIによる生成画像はもとより満載で、デジタル・ツイン(Digital twins)技術も実用水準に達しており、AIが作製した映画のように鮮やかなプレゼン動画など、「見せる」「伝える」ためのレベルも一段と向上しています。Coca-Cola社の発表では、映像が凄すぎて中身が記憶に残らなかったくらいです(冗談です)。
そのほかにも、オンラインでの会話型エージェントや、Microsoft社のX-Box(ゲーム機器)を使用した音声データ収集など、アプリやデバイスの面でも熾烈な競争が繰り広げられていることが印象的でした。スイスのGivaudan社のオンライン会話型エージェント(日本的にはMROCのAI版か?)活用実験では、AIと人間のチームによる競争で差がつかなかったそうです。
また、見栄えなどの話だけではありません。英国の消費財メーカーであるReckitt社の報告によれば、新商品開発のプロセスに生成AIを取り入れたプロジェクトを組み、AIベンダー2社と従来から取引のある調査会社2社と協力して実装実験を行ったところ、成果や効率の向上に貢献したポイントは調査会社の方が優位だったそうです。後者の方が、クライアントの業務プロセスや意思決定の仕組みに精通していたことが要因の一つだったのではないかとみられます。同社ではその仕組みを発展させて実業務に取り入れ、スピードを上げて新商品を生み出しているとのことでした。
革新的な技術ももちろん重要だと思いますが、やはりクライアントのビジネス課題の理解と、マーケティング・アクションにつながる提案力のセットが決め手になるものと思われます。
そのような中、IPSOS社から(異例の)合計6本もの発表があり、うち1本がベストペーパー賞に輝いたことが特筆されます。登壇者3名と、彼らを模してAIが生成したアバターによる(掛け合い漫才風の?)3Dアニメのプレゼンがわかりやすく、かつ面白く、秀逸でした。昨年の大会で同社グローバルCEOが全力で生成AIの活用に取り組むと宣言されたことが、早くも成果につながっているものと見受けられました。
2.合成データ(Synthetic Data)の活用ルール構築がカギに
もう1つの重要ポイントとして、合成データについても活発な議論が続いていることが挙げられます(後段の佐藤理事のレポートを参照ください)。
実用化に向けた取り組みが進む中で、(適切な)規制論も根強く、推進派と慎重派がしのぎを削っている状況です。ESOMAR大会の会場のみならず、その後に開催されたISO/TC225(市場・世論・社会調査の国際的品質管理基準:ISO 20252を所管)の会議でも、まず合成データの定義をめぐって議論百出で、継続審議となっています。
特に、GDPRをはじめとした個人情報保護規制がより厳しい欧州では、プライバシー保護に抵触しないための対策の一つとして理解されていることなどから、適切な活用法を探りつつ実用化を図りたいという思惑が強いようです。
日本でもすでにデジタル・ツイン技術を活用した調査サービスが登場していますが、今後も国際的な諸規制論議を追いかけつつ、的確な対応を検討していきたいと考えています。
(参考)ESOMAR会員総会で異例の議案否決(!?)
本論からは少し外れますが、ESOMAR大会2日目に開催された年次会員総会(定時株主総会のようなもの)で、かねてより提起されていた定款改正(執行部の任期を2年→ 3年へ等)は賛成多数で了承されたものの、もう1本の重要議題であった年会費の増額(5%アップ)については、約45%対55%で否決されるというハプニングがありました。日本を含むどの国でも、米国ドルやユーロに対して通貨が大きく下落していますので、額面上の5%ではすまなくなっていることが大きいものと思われました。
私自身は、国際的な物価上昇が続く中、またコロナ禍中にESOMARの財政基盤が痛んでいたことを承知していましたので、5%程度の値上げはやむを得ないのではないかとあきらめていたのですが、フタを開けてみれば堂々の否決! この種の総会で、執行部提案が否決されるのを初めて見ましたので、率直に驚きました。
ある意味、ESOMARのように大きな組織でも、民主主義が健全に機能していることの現われと感心いたしました。
<レポート2>
生成AI+合成データ(Synthetic Data)の今後に注目を
JMRA理事 リサーチ・イノベーション委員会 佐藤哲也
ESOMAR Congress 2024に参加したので報告。場所はアテネ(ギリシャ)、2024年9月8日から4日間の日程。
JMRA会員企業でのブース出展は、日経リサーチさん、楽天インサイトさんが確認できました。ESOMAR日本代表(JMRA理事)の細川さんによると、ブース出展枠は完売とのことで、盛況ぶりがうかがえました。

(展示ブースの様子)
1.生成AIの実用化が進展
セミナーでは、やはり生成AIのテーマが目につきます。
英国の日用品ブランドのReckittの分析部門のトップによる、生成AIのリサーチ分野における利用状況の紹介や、ブランド選択場面での意思決定について、生成AIが与える推薦の特性・影響分析などが紹介されています。新しい検索エンジンとしての生成AIを考えた場合に、マーケティングの各側面に与える影響は大きいため、今後も引き続き注視していくことが必要に思われます。
また、日本からの参加者としてGoogleのMinh Nguyenさんが、マーケターがAIをどのように活用しているか、受容しているか? という観点から3つのタイプに分類して、それぞれの行動の特徴などをプレゼンテーションされていました。今後のAIマーケティングの利用シーンを分析するフレームワークも発表されており、興味深く聞くことができました。

(発表風景)
2.合成データ(Synthetic Data)にリサーチャーはどう向き合うべきか
一方で、生成AIへの注目もさることながら、それ以上にSynthetic Data(合成データ)のセッションが多いことが興味深く感じられました。
Synthetic Dataはまだ日本ではあまり馴染みのない言葉ですが、現実世界のデータをもとに生成される人工的なデータで、個人情報保護の観点から、生の調査データの取扱いが困難なシチュエーションや、一部の取得しにくい属性のデータを補うといったユースケースでの活用が検討されているようです。対象を客観的に観察して法則を抽出するという、伝統的・古典的な科学観とはいささか相容れない要素が含まれるため、伝統的なリサーチャーがそれらを受け入れるか? という点に大きな焦点がありそうでした。
しかし、2020年代の科学的分析では、人工的なデータは様々なシチュエーションで実際に使われています。そう考えると、マーケティングリサーチにおいても、例えば社会科学におけるシミュレーションの活用はその一つです。特定の初期状態をもとにして、いくつかの仮定を置いた人工的な社会や環境の振る舞いを再現することができます。これらのシミュレーションにより、従来の観察主体の科学観では困難だった様々な科学的事実を推定できることが知られています(例えば、地球温暖化分析など)。
言い方を変えれば、いわゆるウェイトバック集計は一つの人工的データと言えないこともないかもしれません。もちろん、信頼できる既存統計からデモグラフィック属性に基づいて、母集団の構成を再現するウェイトバック集計に疑問を挟む余地は相当少ないといえますが、調査結果データをどこまで加工して使うことが許されるのか? という点では、同じ論点を抱えていると言えるでしょう。
とはいえ、今日Synthetic Dataが注目されたのは、そのデータの自然さの再現レベルがディープラーニング(敵対的GAN)によって飛躍的に向上したことによります。その点では、生成AIの一つの技術的到達かもしれません。すでに生成AIではほぼ架空とは見抜けない架空の人物の写真を作ることができ、それらが広告で使われています。広告のメッセージとしてはモデルが特定の現実の人間である必要はなく、抽象的な存在であることが重要なので、受け入れられています。
おそらくマーケティングにおける合成データも、その目的とユースケースにより使って良い場面、使ってはいけない場面が出てくるものと思われます。また、そういった合成データの適切な利活用を促すためのソフトローの検討も、協会として必要になってくるように感じました。
セミナーでは、フランス国内の個人の移動データを合成データで再現したIPSOS社の事例などが紹介されていました。個人の移動データは極めて秘匿性の高い個人情報ですので、それを匿名化して合成化することで都市計画などのシチュエーションで利活用できるようになることは、社会的にも歓迎される取り組みのように思われます。
また、レイ・ポインター会長が合成データやリサーチの専門家を集めたパネルディスカッションを実施しており、その有用性やリスクについて多方面から議論されていることが印象的でした。会場からも活発な意見がありましたが、わりと「利用を慎重に考えたい」というリサーチャーのスタンスを感じました。日本でもパネル品質の課題をクリアする手法として、合成データについての検討が今後進んでいくかもしれないという予感がします。
3.ESOMARの社会貢献活動
最後になりますが、リサーチャーの社会貢献や世界的普及を支援するいくつかのセッションにも参加しました。「Elevating Young Researchers for Social Impact」と題して、若いリサーチャーがより社会貢献していくための協会のあり方の議論や、「Do The Right Thing」として、リサーチャーが高い倫理感に裏付けられ、社会的尊敬や権威を持って進めていくための手順についての説明がありました。また、「ESOMAR Climate Pledge」として、気候変動に立ち向かうための社会貢献活動をどうしたら盛り上げられるか? といった、リサーチャーに求められる高い社会的意義を実現するためのセミナーが多数開かれているのが、ESOMARが社会的に支持されていくための一つのポイントのように感じました。
以上
2024.10.22