ISO/TC225国内委員会委員長 一ノ瀬 裕幸
かねて国際的な懸案となっていたオンライン定量調査のFraud(詐欺)回答問題に重大な転機が訪れました。市場調査の世界的な大発注者であるP&G(Procter & Gamble)社が、対策の遅れにしびれを切らし、米国と英国の市場調査協会および世界各国の主要な取引先調査会社に対し、2025年7月を期限として抜本的な品質改善を「強く」要請したことがわかりました。P&G社の動向は、今後他のグローバル大手クライアントにも波及することが予想されています。
米国の市場調査協会では対策の第一弾として、アクセスパネル(モニター組織)を保有・管理する調査会社に対してISO 20252の取得を呼びかけましたが、半年程度の期間内に目に見える成果を上げることは容易でないと見込まれています。
実は日本のアクセスパネルも、国際的には品質管理不十分と見られています(少なくとも他の先進国と同程度のレベル)。従来のボット対策のみならず、生成AIによる不正回答の摘発・削除対策が必須になると見られ、難しい対応が予想されるところですが、業界としてこれを品質向上のチャンスととらえ、正面から立ち向かって顧客の期待に応えることが求められています。
1.オンライン定量調査のアキレス腱-Fraud(詐欺)回答対策
インターネットの登場・普及と軌を一にして発展してきたオンライン定量調査ですが、当初から謝礼目当ての不正回答の存在は問題になっていました。調査会社やアクセスパネル(モニター提供)会社も工夫をこらして対策を講じてきましたが、不正回答者との「イタチごっこ」が続いてきたことは否めません。
近年、ボット(bot)などの技術進歩に伴って拍車がかかり、さらに生成AIの登場によって、最近ではネット回答の3割前後(極端な事例では5割!)が不正な詐欺回答で占められているとの調査結果も紹介されています(2023年9月のESOMAR大会にて)。
なお、このような事態は市場調査に限らず、インターネット広告視聴の領域でも同様の「不正なインプレッション稼ぎ」問題があり、特に欧米を中心として広告/マーケティング業界の大きな課題となっています。
2.プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)社からの「強い」要請(!?)
国際的な市場・世論・社会調査の品質管理規格であるISO 20252を所管しているISO/TC225(技術委員会)では、同規格の次期改定に向けて議論を重ねているところですが、今年の10月末に実施された国際会議の場で、本来の議題とは異なるのですがP&G社から「強い」要請が発せられたことが紹介されました。
オンライン定量調査のFraud対策がいっこうに進まない/効果が見えない(少なくともP&G社はそのように認識している)ことに業を煮やし、米国市場調査協会(IA: Insights Association)と英国市場調査協会(MRS: Marketing Research Society)の両事務局長に呼び出しがかかり、「2025年7月までに実効性のある対策を!」との号令が発せられたとの報告でした。ESOMARが公表している国際統計(GMR 2024)によると、世界のインサイト産業の市場シェアで米国が54%、英国が8%を占めていますので、影響力の大きな主要市場からの対策を要求したわけです。このほかにも、P&G社と取引のある世界の大手市場調査会社にも同様の要請が発せられていることが確認されています。
市場調査の国際的な大スポンサーであるP&G社の判断によっては、大激震が走る可能性があります。また、P&G社の動向は今後他のグローバル大手クライアントにも波及することが予想されています。
3.日本も例外ではない(!?)
2023年9月のESOMAR大会の場で聞いたところでは、「Fraud問題は先進国共通の課題で、日本も例外ではない」とのことでした。個人的に、「日本のモニター組織は本人確認などをしっかり行っており、欧米ほどひどくはないだろう」と考えていたのですが、国際的には日本のアクセスパネルの品質も同程度と見られていることにショックを受けた次第です。なお、Fraudの判定基準は「不正回答者を利するおそれがある」ことから非開示とされ、率直なところ詳細はよくわかっていないのが実情です。会員社の一部にヒアリングしたところ、やはり国際調査プロジェクトに提供したパネルの1~2割が不良として弾かれることがあり、しかしどのようなチェックロジック/アルゴリズムが用いられているかは開示されないため、十分な対策が打てないとの声がありました。
4.米国では初手として、アクセスパネル会社にISO 20252認証取得を要請
対応の初手として、米国市場調査協会(IA)ではアクセスパネル会社にISO 20252の認証取得を要請しました。米国では、IAの傘下にCIRQというISO認証機関があり、審査および認証付与までを行っていますが、そのCIRQから11月初旬に、P&G社から定量調査のサンプル提供会社に対して、「データ品質に対する過去最高の脅威に対処するため、2025年7月1日までにISO 20252の認証を受けるよう」文書で要請がなされたことが明らかにされています。
P&G社では、来年7月以降、ISO認証取得社とのみ取引することに加え、リサーチャーに「調査プロジェクトごとにデータ品質管理の結果を容易に確認できること」を要求しているそうです。実際の品質管理の実績証明方法等については、今度詳細を確認していきたいと考えています。
5.今後の日本での対応策は?
日本でも、モニター組織の品質管理についてはJIS Y (ISO) 20252の「認証区分R:アクセスパネル管理」という枠組みで認証取得ができるようになっています(現時点では1社が認証取得済み)。
ただし、上記のようなFraud対策の詳細までは要求事項として規定されておらず(国際的にも同様ですが)、2026年に予定されている次期改定までにどのような対策が盛り込めるか、議論が続いているところです。即効性があるかどうかは別として、ミニマムスタンダードに沿った体制を整える上では効果が期待できると思われます。
しかし現実問題として、ボットや生成AIではなく「確かに対象者本人が答えている」ことを保証するには新たな技術も必要となりますし、コスト増の問題を避けて通ることができません。新たな対策には新たな回避策(?)が生じるおそれもあり、「イタチごっこ」は続くと思われますが、例えば「1割くらいの不正票混入はやむを得ず、はじめから捨てる覚悟の設計と見積を行う」など、許容可能なラインをクライアントとも合意するなどの対応が必要になると思われます。
いずれにせよ、私たちはこれを品質向上のチャンスととらえ、正面から立ち向かってクライアントの期待に応えることが求められていると考えます。JMRAでも緊急かつ持続的な取り組みを要する課題として、引き続き情報収集と発信に努めてまいります。
以上
2024.12.17