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たいとる

Withコロナ時代に向けたリサーチ業界の準備 第17回

さぶたいとる

「変貌するマーケットリサーチ」論

ほんぶん

JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子

 

今回は、レイ・ポインターさんのマーケットリサーチ論(International Journal of Market Research2021 に掲載)を許可をいただいて翻訳したものをご紹介します。昨今の業界変化、今後の動向について、みなさんで改めて考えてみる機会になればと思います。


マーケットリサーチ論  レイ・ポインター
Market research: A state of the nation review Ray Poynter

 

今回の論説では、市場調査の現状を分析し、今後の方向性を考えてみたい。今、エビデンスに基づいた意思決定や、顧客中心主義が拡大している。そのため、より多くのアンケート調査、デプスインタビュー、フォーカスグループ、エスノグラフィー、ユーザビリティーテスト、セミオティックス(記号論)、ビルドテストなどが行われるようになっている。組織は、人々が何を望み、何を経験し、何を信じているかについてのあらゆるインサイトを活用できる。しかしながら、「マーケットリサーチャー」と呼ばれる人たちが、自分たちの仕事を「市場調査」と称して行う調査は少なくなっている。

 

フォロー・ザ・マネー

リサーチの世界で何が起こっているのかを知るには、お金の流れを追うのが良い。

2020年のESOMARグローバルマーケットリサーチレポートを見ると、インサイトの世界には大きく異なる2つの絵が見える。

ESOMARの伝統的な絵(調査やフォーカスグループなどに焦点を当てたもの)では、世界の産業規模は約460億米ドルとなっている。

しかしこのレポートでは、インサイトを達成するためのテクノロジーを駆使した方法を含めたもう一つの絵も紹介している。

インサイト・エコシステムの総額は約900億米ドルに達する。このリサーチ業界におけるテクノロジーを活用した部分の成長は、ここ数年で顕著になってきた。今、私たちはその転換点を迎えている。インサイトのエコシステムの50%以上は、従来の市場調査ではない。

もう一つの重要なデータは、ESOMARとパートナー企業が発表したESOMARクライアント調査「User & Buyers Global Insights Study 2020 & 2021」で明らかになった。これは、クライアントの外部で行われる調査(例:調査会社経由)から内部で行われる調査(内製化)へのシフトを示している。

このデータによると、リサーチプロジェクトの約50%が社内で行われており、その割合はさらに増加する傾向にある。ただし例外もあり、逆の動きをしている組織もあるが、この傾向は大きく拡大している。

 

クジラから雑魚へ

20~30年前を振り返ると、市場調査は過去の「鯨」から現在の「雑魚」へと変化している。

マーケットリサーチ業界の絶対的な規模は大きくなり、大手調査会社も増えたが、インサイトのエコシステムにおける市場調査のシェアはますます小さくなっている。

30年前、ほとんどの調査は市場調査会社によって行われていた。フォーカスグループのモデレーターは、定性のマーケットリサーチャーだった。今日では、ほとんどのリサーチ、フォーカスグループ、オンラインディスカッションは、「マーケットリサーチャー」を自称する人々によって作成・運営されているわけではない。

 

How? どのように

なぜこのような変化が起きたのかについては後述するが、まずは「どのように」を理解する必要がある。

「どのように」という問いに対するシンプルな答えは、オンライン・プラットフォーム、SaaS(Software as a Service)だ。

その変化の例として、1991年と2021年のアンケート調査を考えてみよう。1991年には、アンケートの使用には以下のいずれかまたは複数が必要だった。

(1)紙のアンケート用紙を作成し、配布し、調査員が実施し、データを入力し、結果を集計し、集計指示書を作成する能力

(2)電話調査の場合は、CATI(Computer Aided Telephone Interviews)のシステムとコールセンター、関連するスクリプトを書き、分析する能力

(3)CAPI(Computer Aided Personal Interviews)の場合は、データを収集するための全国でコンピュータを動かす人、スクリプト担当者、調査員、フィールドワークの支援、分析

2021年になると、状況は一変する。

  1. サンプルはもはや「フレッシュ」ではなく、パネルや顧客リスト、コミュニティからのものになる傾向がある。
  2. Survey Monkey、QuestionPro、Prolific、Qualtricsなどの自動オンラインツールは、使いやすく強力だ。これらのプラットフォームの多くは、特定のサプライヤーからサンプルを追加するオプションを備えている。(または、裏でサンプルのマーケットプレイスを経由する。)
  3. あらかじめ構築されたソリューション(Zappiなど)を利用し、サンプルや調査のプロセスを完全に回避することができる。例えば、コンセプトテストや広告テストをするなら、どこのエリアかを選び、調査したい素材をアップロードするだけで、自動化されたレポートが届く。

 

井の中の蛙はQualtricsの評価を理解できない

「ResTech(リサーチ・テック)」と呼ばれる分野の成長は、リサーチ業界で活動する企業の評価を大きく変えた。

QualtricsがSAPに80億ドルで買収されたとき、ほとんどのマーケットリサーチャーは「そんなに価値があるはずがない」と頭を抱えた。現在、Qualtricsは新たなIPOを目指しており、現在のところ*150億ドルの価値があると予測されている。(*注 最終的に200億ドル超えとなった。)伝統的なグローバルマーケットリサーチ業界全体の売上高は、わずか460億米ドルであることをご記憶だろうか。

調査会社大手のIpsosとCX(顧客体験)専門会社のMedallia(メダリア)と比較すると、そのコントラストはさらに顕著だ。Ipsosの売上高は約25億米ドルで、時価総額は約1.5億米ドルだ。一方、Medalliaの売上高は約5億ドルだが、時価総額は45億ドルだ。

マーケットリサーチャーにとって、これらの評価が高く見えるのは、中国の「井の中の蛙」の話に似ている。蛙は深い井戸の底に住み、井戸の上にある光を太陽だと思い込んでいる。ある日、一羽の鳥が井戸の中に降りてきて、外には世界があることをカエルに教えた。しかし、カエルはその鳥を信じず、穴の中にとどまる。

Qualtrics、Survey Monkey、Medialiaなどの企業の評価は、彼らが「マーケットリサーチ」のビジネスをしていると考えれば高いと感じられる。もし、彼らが顧客中心主義、顧客とのつながり、顧客との関係重視のビジネスをしていると考えれば、評価は理にかなったものになる。 これらのプラットフォームの重要な点は、リサーチャーが自分の仕事をよりよくこなせるようにすることではなく、リサーチャー以外の人がリサーチに関連する仕事ができるようにすることだ。

 

Why?なぜ

「How(どのように)」に取り組んだ後は、「Why(なぜ)」について考えてみよう。なぜ、リサーチは民主化されつつあるのか、なぜ内製化しているのか、なぜ自動化しているのかという点だ。変化をもたらした要因は2つある。 (1)顧客中心主義 と (2)アジャイルだ。

組織は、顧客中心主義を中核的な信念として受け入れた。今日、最もよく耳にする言葉は、「顧客をすべての中心に据える」というものだ。組織が顧客中心主義を採用すると、誰もが顧客とつながりたい/つながる必要があると思うようになる。以前は、顧客とつながることは、インサイトチーム(調査部門)の仕事だったが、顧客中心主義では、すべての部門の人、例えば、オペレーション、人事、営業、コミュニケーション、調達、デザインなどのすべての人が顧客とつながる必要がある。

アジャイルには多くの意味があるが、そのどれもが、類型的でシンプルでわかりやすい手法を用いて、深さよりも効率を重視し、コスト効率の良い方法で、より早く作業を行う必要性を示している。チームはデザイン思考、リーンスタートアップ、または顧客に焦点を当てた反復的な方法を活用している。このプロセスは、ジェフ・ゴセルフ(Jeff Gothelf)の著書「Lean Vs. Agile Vs. Design Thinking(リーン vs アジャイル vs デザイン思考)」の中で、「less research, more often. (より小さい調査を、より頻繁に)」と表現している。

 

インサイトの民主化(Democratization)

インサイトの創造と利用が、インサイトの中心から組織の他の部分へと広がっていくプロセス、この方向性を表す言葉として、「民主化」という言葉がある。この変化のプラス面は、プロセス、時間、予算の障壁を作らずに、エビデンスに基づく意思決定が組織全体に浸透することだ。

しかし、課題は、インサイトの作成と利用が、(1)インサイトの創造と利用の方法について特別なトレーニングを受けていない人、(2)多くの場合、サポートやアドバイスができる人に直接アクセスできない人の手に移っていることだ。

インサイトの民主化は、標準化されたプロジェクトと自動化されたレポートを備えたプラットフォームの利用に大きく依存している。

このプロセスでは、確立された、わかりやすいアプローチが好まれる。革新的でオーダーメイドの専門的なアプローチ(神経科学や行動経済学)から離れ、短くて直接的な調査やテキストベースのオンラインディスカッションへとその重心を移している。

Zappi社の社長であるライアン・バリー(Ryan Barry)氏がこのプロセスの良い例を挙げた。彼らは最近、800人のマーケターを抱える世界的なアルコールブランドにシステムを導入した。このシステムは、インサイト部門によって吟味されたが、マーケターは調査会社や社内のインサイト部門(調査部)に相談することなく、毎日のようにコンセプトや広告などをテストすることができる。

 

これらの変化は市場調査にとってどのような意味を持つのか?

この変化は、次のような疑問を引き起こす。品質はどうなるのか? 市場調査会社はどうなるのか? クライアントのインサイト・チーム(調査部門)はどうなるのか? 業界団体はどうなるのか? 市場調査の倫理はどうなるのか?「市場調査(マーケットリサーチ)」の未来はどうなるのか? これらの質問にそれぞれ答えていきたい。

1)品質はどうなるのか?

私の予想では、予測できる範囲では、プロジェクトの質の中央値は年々向上する。多くの場合、自動化されたプラットフォームベースのリサーチの品質を人間が作成した最高のリサーチと比較する傾向があるため、自動化のオプションが「機能低下」のように見えてしまう。

しかし、自動化の本当の影響は、専門家ではなく、増え続ける非専門家にある。トレーニングを受けていない人や間違ったトレーニングを受けた人にとっては、専門家がベスト・プラクティスを参考にして作成したテンプレート、メソッド、サンプル、レポート手順を使用すれば、リサーチはずっと良いものになる。

多くの場合、最高のリサーチは人間が作成したオーダーメイドのものになるが、より多くの時間とコストがかかる。オーダーメイドのオプション、つまり専門家に依頼するというオプションは、問題の複雑さや重要性から必要な場合のみ使用されるものになる。

2)調査会社はどうなるのか?

調査会社は成長を続け、過去2-3年の傾向と同様に、年率1%~3%の成長が見込まれるだろう。しかし、これはインサイトのエコシステムにおける調査会社の比率が年々小さくなっていることを意味する。

インサイト・エコシステムの成長は、以下のことを意味する。

巨額の資金が周辺にあり、それが企業買収を増加させる、それが今後2-3年間は続くだろう。

リサーチ会社のコアビジネスは、自動化できない分野、プラットフォームソリューションの導入に消極的なクライアント、戦略的なコンサルティング、より高度なエスノグラフィーやアナリティクスなどの領域に重点が置かれるようになるだろう。調査会社にとってはプラットフォームでは提供できない能力であるストーリーテリングがますます重要になってくるだろう。

3)クライアントの調査部門(インサイト・チーム)はどうなるのか?

特徴的な3つの変化が起こっている。

  • 組織全体で民主化された単純な調査と調査会社が行う専門的な仕事との間で挟み撃ちにされて、縮小する。
  • 他の事業部のアシスタントになるか、単なる下請けになる。このような企業では、プラットフォームを契約し、サンプルソースへのアクセス権を持ち、事業部門が調査依頼とディスカッションガイドを調査部門(インサイトチーム)に送り、プログラム、実施、報告を求める。
  • しかし、一部のチームは積極的に行動し、コーチ、コンサルタント、そしてチェンジメーカーになる。このようなルートを辿ることに興味がある人は、ジェームズ・ウィチャーリー(James Wycherley)の新刊『Transforming Insight:the 42 secrets of successful corporate Insight teams 』(変化するインサイト:成功する企業インサイトチームの42の秘密)をお勧めする。
4)業界団体はどうなるのか?

MRS (*イギリスのリサーチ協会)、The Insights Association(*米国のリサーチ協会)、ESOMARなどの業界団体は、「市場調査」がより大きいインサイトのエコシステムの一部であり、明確な境界がない世界に適応する必要がある。すでにこれらの協会がこの新しい世界に適応しようとしている証拠を見ることができる。

Market Research Societyはthe MRSとなり、そのウェブサイトでは、「市場調査」という言葉をほとんど使わず、エビデンスとデータの役割に焦点を当てている。The Insights Association(*インサイツ協会 旧CASRO)はインサイトに旗を立て、Canada Insight Council(*カナダのリサーチ協会)は、「市場」という言葉を避けているようである。

業界団体の主な役割は、エビデンスに基づく意思決定のための支援活動(アドボカシー)、基準の設定、教育、ネットワーキング、ビジネスチャンスの促進である。

5)市場調査の倫理はどうなるのか?

過去75年以上の間、市場調査の2つの重要な方針は、参加者の匿名性の保護とビジネスの商業的側面(例:販売やマーケティング)を調査から切り離すことだった。

しかし、この2つの常識は今、疑問視されている。ほとんどのインサイト専門家は、統合されたデータセット、つまり顧客の360°の図を作成することにメリットを感じている。

しかし、これは純粋な匿名データから離れ、データの使用方法について「インフォームド・コンセント」を得ることに依存することを意味する。自分たちのデータを企業の大部分のデータから分離しておくことを主張するマーケットリサーチャーは、自分たちがますます脇役に回ることになるだろう。

同様に、より広いデータエコシステムに統合されるということは、データが販売に利用されることを意味する。リサーチャーが1,000万人の顧客のうち1,000人の意見を集めた時には、販売とは切り離して考えても問題はなかった。しかし、自動化されたボットが200万人の回答を集めたとしたら、その データは商業目的で使用されることになる。

匿名性と販売という2つのルビコン川を越えてリサーチを行った結果として、社会調査は、商業的なリサーチとはより明確に分けて考える必要があるだろう。

6)「市場調査」という言葉は今後どうなっていくのか?

ここ数年、「マーケットリサーチ」という名称はもはや目的に合わないという声があった。しかし、ここ3、4年でその声はますます大きくなっている。データアナリスト、デザイン思考家、UXリサーチャー、CXプロフェッショナルなどは、自分たちは "マーケットリサーチャー "ではないと強調することが多い。彼らは、自分たちの狭い範囲での人間中心の焦点と対比して、マーケットリサーチャーを「市場」に焦点を当てているものと見なしている。

しかし、彼らが正しくても間違っていても、インサイトのエコシステムにいるほとんどの人は、自分たちのことをマーケットリサーチャーとは呼ばず、それは今後も変わることはないだろう。

この問題は、他の言語、例えば、フランス語では「étude de marché」(市場の研究)という言葉が使われているが、より市場に焦点を当てた言葉であり、人間中心であることに焦点を当てたどの分野にとっても魅力的な言葉ではない。

マーケットリサーチ(市場調査)という言葉は、すぐにではないが、着実に、今後も衰退していくだろう。

 

まとめ

リサーチは民主化されつつある。これは企業が、顧客の声が組織全体に統合されるようなアジャイル(機敏)なリサーチを求めているからだ。この変化は、プラットフォームの台頭によって促進されている。リサーチの内製化が増え、リサーチャーではない人が行うリサーチも増える。それはリサーチとエビデンスに基づく意思決定を促進している。

リサーチは成長し、その影響力も大きくなる。しかし、それはますます「市場調査」とは呼ばれなくなり、「マーケットリサーチャー」を名乗らない人々によって行われるようになるだろう。

 

*印 翻訳者注
原文はこちら 
International Journal of Market Research2021, Vol.63(4)403--407
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/14707853211025777

 

2021.8.12掲載