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初心者から中級者向けに最適!
『標準 ベイズ統計学』
― リサーチ・イノベーション委員会推薦図書

ほんぶん

リサーチ・イノベーション委員会
東京都立大学元教授、日本行動計量学会名誉会員 朝野熙彦


新型コロナの感染が始まって3年。いまだに専門の先生方の言明はあいまいだ。感染者は今後増える可能性があるが、何月何日に何人感染とまでは言えない。ワクチンは感染予防に役立つだろうが、その効果はどれだけとは言えない。
行政当局も医療機関もこれまで、数千万人の規模で感染者と濃厚接触者のデータを集めてきた。膨大なデータがあるのに、なぜ正確な予測と対策が打ち出せないのか。
第1の理由は、感染は多要因なのに集まるデータはほぼ結果系ばかりということ。第2に、個人単位でみれば観測データはごくわずかなこと。第3に原因系を操作することができないので、実験で決着をつけるという実験科学のゴールデンルールが適用できないこと。感染の社会実験などと言っても効果の検証はなされていない。
さてマーケティングもまた、企業側の思い通りに顧客を操作することが難しいこと、利用できるデータがほぼ結果系ばかりというのもコロナと同じである。いくら売れたかは分かる。しかしなぜ売れたか、もっと売るにはどうすればよいのかは分からない(だからこそマーケティング・リサーチが必要になるのだが)。情報源をシングルソース化できないため、社内には異なる経験則が散在する。過去のノウハウと目の前の現実との融合も必要だ。このように本質的に厄介な問題に向いた統計学が、ベイズ統計学である。

アメリカではITの大手企業がレコメンデーションやフィルタリングにベイズ統計学を活用し、大学教育でもベイズ統計学がスタンダード化している。一方、日本では戦後長きにわたって、統計カリキュラムのイノベーションが行われてこなかったため、ベイズ統計学の教育は立ち遅れてしまった。
ここで紹介するホフの教科書『A First Course in Bayesian Statistical Methods』は読者への配慮がよくなされた名著で、以前から私は自分のゼミ生に参考書として薦めていた。幸い昨年『標準 ベイズ統計学』というタイトルで朝倉書店から翻訳が出た。
ホフの記述は、初心者の何故だろう、という疑問に向き合ってくれる姿勢が素晴らしい。とかくベイズ統計学の本というと、伝統的な推測統計学を否定しがちだった。しかし、ホフの本はベイズ統計学にも未解決の問題はあるし、ベイズ統計学なら絶対正しいという押し付けもない。語り口は穏やかでバランスがとれているので、伝統的な統計教育に慣れてきた読者にも受け入れやすいだろう。

ベイズ統計学は、事前分布から事後分布を導く数式展開がハードルになる。本書はそこをスキップすることも誤魔化すこともなく、ハードルを軽やかに越えさせてくれる。訳書は文章が読みやすいだけでなく、原著にたくさんあった数式の誤りを丁寧に修正している。その意味で原著よりも優れた教科書になった。
取り上げている内容は確率分布の基礎知識に始まり、一般化線形混合効果モデル、正規コピュラモデル、欠測データと代入法までカバーしている。つまり、ベイズ統計学の最初の一歩からスタートしながらも、社会での実務に必要な中級レベルにまで読者を道案内してくれる。マーケティング・リサーチは専門性の高い仕事なので、仕事に使うなら本書くらいのレベルが必要だろう。全くの初心者はもちろん、これまでベイズ統計学の手軽な入門書は読んだものの理屈が理解できなかった人にも、本書を再入門書としてお薦めしたい。
もちろん一人で読解されればそれでよい。しかし慣れない山に単独登頂するのが不安なら、各企業で仲間と一緒に読書会をするのもよい手だ。読書会の要領や本書の前提知識については私にもアドバイスできることがあるかもしれない。もし希望があれば協会までリクエストを寄せていただきたい。


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2023.1.17掲載

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2023.1.27掲載