第49回経営業務実態調査結果解説(後編)
従来型調査市場が伸び悩む一方、新セグメントはおおむね2ケタ成長を維持
ESOMAR GMR日本アンバサダー 一ノ瀬 裕幸
1.日本のインサイト産業の概況(2023年)
JMRAの産業統計委員会では、業界統計の一環として、昨年に引き続きESOMARが提唱した「インサイト産業8セグメント」への拡大推計を実施しました。同定義に準拠した日本の市場規模は4,499億円(従来型調査市場比1.74倍、前年比104.2%)と推計されています。従来型市場調査(2,593億円)の成長率が100.1%にとどまったことから、シェアは前年の60.0%→ 57.6%とさらに後退しました。従来型市場の伸びが停滞する一方、新セグメントはおおむね2ケタ成長を続けています。また、国際的には活発なM&Aや、大手企業が対応業務の性格を変えたことなどにより、新セグメント内での移動が発生し、ますます境界線がわかりにくくなる現象が生じています(日本国内でも前年からのセグメント間移動あり)。
なお、依然として外資系企業(日本法人)の情報収集は難しく、残念ながらテクノロジー主導分野の推計は前進していません。関係する企業・組織・団体からの情報提供ならびにご協力を期待しています。
※)今回ご紹介した推計値は『日経業界地図2025年版』(2024年8月28日発行)にも引用されています。

2.本推計に関してご留意いただきたい点
- )ESOMARの国際8セグメント統計は、Outsell社の協力により、グローバルに展開している上場企業のIR(公開)情報を基にして各セグメントの大枠を推計し(いわば「トップダウン型」)、世界各国の市場調査協会の集計データや主要な非公開企業へのヒアリング等を加味して積上げ(いわば「ボトムアップ型」)、両者をミックスさせる方法で推計を行っています。
それに対してJMRAの推計方法は、協会正会員社への経営業務実態調査結果を基にし、周辺領域のヒアリング可能な企業やIR情報を加味して「確度高く見込める数値を積上げるボトムアップ型」です。単純な比較は難しいことをご理解ください。
- )日本市場の顕著な特徴の1つとして、「e. 経営コンサルティング/シンクタンク」が大きなプレゼンスを持っていることが挙げられます。日本ではこのセグメントに属する企業の多くが「d. デジタルデータ分析 (MarTech)」領域の業務をも担っていると考えられているのですが、その分解は極めて困難です。そのため、ESOMARの国際的な推計値よりも「e.」がより大きく、「d.」がより小さく出ています。世界市場では「d.」のプレイヤーは大手多国籍企業で占められており、統計の精度向上のためには、この領域の日本での実態を解明することがカギとなっています。
ただし、それを日本市場の特性としてみれば、「d.」と「e.」を合わせたシェアは2023年で計32.6%となり、ESOMAR(2022年参考値)の同38.4%と極端には違わないものと考えることもできます。
- )不用意な誤解や混乱を避けるため、毎年ESOMARが発表している国際統計の『GMR (Global Market Research) 』には、JMRAからは十分な確度の見込める「h.(従来型の)確立された市場調査」のデータ(計2,593億円)のみを提供しています。多国間のデータ比較の際にはご注意ください。
3.2023年推計結果の特徴
(1) 対照的な従来型市場と新セグメント
表Aによれば、「h. 確立された市場調査」が横ばいにとどまっただけでなく、「f. 業界特化型調査レポート」と「g. サンプルパネル提供」の前年割れも目につきます。この3つのセグメントはJMRA会員社及び協力企業のウエイトが圧倒的に高く、統計の精度も相応に見込めるところです。3つを合わせて「従来型」ないし「伝統的な」とくくることもできますが、残念ながら総じて振るわなかったと断じざるを得ません。
対照的に、私たちから見ると「新」または「周辺領域(だった)」と思われる「a.」から「e.」のセグメントはいずれも好調で、多くが2ケタ成長を達成しています。少なくとも2023年においては、インサイト産業内の需要が新セグメントにシフトしていたことがわかります。
(2) セグメント間の数値(シェア)の変動
- ) 2022年と比べた変化に着目すると、絶対値は小さいながらも、「b. セルフサービスプラットフォーム」が飛び抜けた成長(125.5%)を遂げていることが目立っています。ただし、これは「g. サンプルパネル提供」の一部の数字が移動した影響が大きく、「g.」との差引を考慮する必要があります。つまり、実は「g.」の領域に分類されていた一部の企業が自らの事業定義を変更したり、または部門別の計数管理数値のくくりを組み替えたりした企業が見られた影響が大きく出ているのです。こうしたセグメント内の移動や変更は、日本国内だけでなく国際的にも生じています。
言い換えるならば、従来のサンプルパネル提供事業者の中で、単なるサンプル提供からセルフサービスプラットフォーム(マネジメントシステム)の提供へと、事業形態を変革していることが反映されているのです。
- ) また、「a. 企業内フィードバックシステム」に分類されていた企業の事業内容も、「b.」との入り繰りが大きくなっていると見られており、両者の境界はますます曖昧になっています。ESOMARでも、来年以降は両者の統合を検討課題としているようです。このことは、ビジネスモデルが単発型のデータ供給や部分的なシステムの提供にとどまらず、統合されたソリューション提供にシフトしつつあること、顧客ニーズもそのように変化して来ていることへの対応の現われと解釈することができると思われます。
- ) なお、国際的には欧米の大手経営コンサルティング会社の苦境を伝えるニュース(レイオフなど)が出ていますが、日本では欧米に比べて出遅れていたDX化の波が今まさに訪れていることなどから、IT系のコンサルティングを中心とした「e.」の領域は総じて好調が続くものと見られています。また、生成AIが導入期から実装期に移行すると見込まれることからも、データの解析・利活用に関わるコンサルニーズが増加し、堅調に推移すると期待されているようです。
(3) インサイト系ビジネスモデルの収斂
今回の推計結果と、また次にご紹介するESOMAR『Evolutionレポート』の最新データから、8セグメントの境界線は今後ますます曖昧になり、変幻自在の「越境」や「融合」がふつうのことになるのではないかと思われます。テック系企業がデータ分析や評価、ITコンサルティングに力点を置くようになったのと並行して、従来型の市場調査会社でもコンサルティング部門を新設したり、M&Aを通じて乗り出したりする動きが活発化しています。それはまた、「h. 確立された市場調査」が自身の価値を失うことを意味するのではなく、1次データの収集・加工・分析・提供を中心とした専門性を再評価すること等によって、インサイト産業のバリューチェーン内での役割を再定義すべき時が来ているものと考えられます。
4.ESOMARの『Evolutionレポート』にみる各セグメントの動向(付録)
さて、前述のようにちょうどよいタイミング(この7月)で、ESOMARから『Evolution of the Data, Analytics and Insights Industry, a forecast into 2026(通称:「Evolutionレポート」)』*1) が発行されました。こちらは少々高額な有料レポートなのですが、無料の解説ウェビナーを通じて全体サマリー部分を入手できましたので、概要のみご紹介します。なお、以下の分類等の表記は同レポートに従っています。
※)ご購入はこちら(ESOMAR会員価格:1,500ユーロ)
⇒ https://esomar.org/the-evolution-of-insights
*1) この『Evolutionレポート』は、9月開催のESOMAR大会で発表される国際統計『GMR 2024(Global Market Research 2024)』の内容を先取りするものですが、細かなところでは『GMR 2024』の数値とズレる可能性があることをあらかじめご承知おきください(詳細は『GMR 2024』の発行後に確認し、本メルマガで続報させていただきます)。
* 国際的にもテクノロジー分野の牽引が続く
まず、2023年の国際インサイト産業は1,290億USドルと、前年比7.3%の伸びを記録しました。全体としては、好調さを維持したと言えるでしょう。しかし、成長の多くはリサーチソフトウェア分野*2) の+11.8%に依存するところが大きく、従来からの市場調査分野では2.8%にとどまっています。世界的なインフレの状況を考えると、実質ではマイナス成長であったものと思われます(表B、表C)。日本の状況と大筋で似通っていると見て差し支えないでしょう。
*2) 「リサーチソフトウェア分野」という表現は今回のレポートから登場したもの。内容は従来の「テクノロジー主導分野」と変わらないが、この領域に属する企業がデータ分析等を請け負うだけでなく、エンドクライアントにそのためのソフトウェアを提供し、内製化を促進していることを考慮したとみられる。日本での表現をどうするかは『GMR 2024』の結果を見て判断する。

また、表Cにみる各セグメントの今後の予測(2026年までの3年間)ですが、おおむね2023年に見られた伸び率に近い線を維持するものと見通されています。この中で「g. サンプルパネル提供」の伸びが低いのは、日本のケースと同様な理由で「b. セルフサービスプラットフォーム」などへの流出(移動)が続くものと予想されているためです。

--------------------
JMRA産業統計委員会では、今後も統計の精度向上に努めてまいります。関係企業・団体の皆様からの情報提供、ご協力をお待ちしています
以上
2024.8.27掲載
第49回経営業務実態調査結果解説<前編>はこちら=>
https://www.jmra-net.or.jp/activities/trend/investigation/20240723.html
=> 過去の経営業務実態調査報告書はこちら(報告書のページへ)
https://www.jmra-net.or.jp/activities/trend/investigation/