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ほんぶん

第1部 組織にとっての価値を特定する
第4章 数字を作る

JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子


あなたのインサイトチームでは数字を作っているだろうか。数字を作るなんて恐ろしくてできないとあなたは感じるかもしれない。しかし私は、数字を作ることはインサイト部門の全員にとって重要なスキルだと主張したい。

冒頭の「はじめに」の章で私は、今はインサイトチームで働くには絶好の時期だと述べた。それはまさにその通りなのだ。どの組織も、ほぼ例外なく意思決定に対してよりデータ主導でインサイト主導のアプローチが必要だと主張している。顧客と顧客の意思決定、意思決定の要因についてのより詳細な知識がますます必要とされている。

そのため多くの組織では、データやソフトウェアあるいは適切なスキルを持つ人材など、分析能力への投資を増やしている。IMAでは、これはインサイトが組織を推進する大きなチャンスだと信じている。理想的な場合、インサイトの専門家は、重要な意思決定に結びつける翻訳者の役割を担っていると見なされている。

しかし、アジャイルな意思決定を支援するためには、上層部のステークホルダーは、たとえそれが「とりあえず使えるもの」程度のものであっても、迅速な回答を求めることがよくある。そのためあらゆる意思決定において、完璧なインサイトとアジャイルな意思決定の間でトレードオフをする必要がある。最も実用的な解決策は、まさにこの中間地点にある。

アジャイルな意思決定 対 質の高いインサイト

IMAのジュリア・ジョスキー氏は、アジャイルな意思決定と質の高いインサイトのギャップを埋めるために、すべてのインサイトチームが探求すべき4つの重要な点があるという。それは以下のようなものだ。

  • 正確さ(accuracy)と精緻さ(precision)の違いを理解する
  • 封筒の裏推定法(BOEING:ボーイング)を使い、大まかな計算で課題の範囲を設定する
  • 数値を項目に落とし込むために大きな数値を見つける
  • 暗算を練習し、簡便な方法で計算できるようにする
それぞれについて順番に見ていく。

 

まず、インサイトに携わる人は、精度と正確さの違いを理解していることが非常に重要だ。あなたのインサイトチームは、精緻なデータを生成することと正確なインサイトを生成することのどちらに重点を置いているだろうか。正確だが精緻ではない測定はまだ役に立つことがある。しかし、いくら精緻でも不正確な測定は役に立たなどころか、危険な誤解を招く。精緻で間違っているより、大まかでも正しい方が良い。

私たちは社会的に、精緻なものを信用する傾向がある。コロナウイルスの危機の際にも、検査を受けた人、感染者数、入院患者数などの非常に精緻な統計数値が引用され、このような例をたくさん目にした。そして企業においても同様に、財務、オペレーション、人事などの部門ではことに、精緻さが何よりも重視されることが多い。

しかし、顧客や市場の問題の中には、精度を上げることができないものもある。例えば、消費者がどのように感じているか、なぜ特定の行動をとるのか、新製品が発売される前にどの程度の市場の規模になりそうなのかという課題そのものが原因である場合もある。また問題を解決するために利用できるデータが部分的だったり不完全だったりする場合もある。多くの事例で、インサイトにおいては正しい結果の範囲を示す方が、間違った精緻な数値よりもはるかに有用だ。

2つ目のポイントは、最初に問題や疑問について考え始めたときに、封筒の裏推定法(BOEING)アプローチを採用することだ。分析や調査をする前に大まかな計算を行って、扱う内容の規模と範囲を理解しておくと便利だ。IMAの共同創設者であるスティーブ・ウィルス氏は、これを 「ボーイング(BOEING)テクニック」と呼んでいる。ボーイング(BOEING)とは、「封筒の裏推定法(Back Of an Envelope INtelligent Guesswork)」の略称である。

例えば、カナダの新車市場に関する仕事をしていて、その市場規模がわからない場合でも、封筒の裏推定法を使えば妥当な推定ができるだろう。カナダに住む成人の数がわかれば、車を運転する人数、運転者のうち自分の車を所有する人の割合、さらにそのうち何パーセントが毎年新車を購入する可能性があるかを推定することができる。どの推定値も正確ではないが、論理的な順序で組み合わせることで、規模感を把握することができる。その後で他の人に話を聞いたり調べたりして推定値を精緻化することができる。

封筒の裏推定法は、事実、仮説、論理の組み合わせに依存している。ファクトは私たち全員が同意できるものであるべきであり、全体を推定するために計算する要素をどのように配置するかのロジックについても同様だ。しかし重要なのはギャップを埋めるために私たちが用いる仮説だ。驚かれるかもしれないが、私たちは封筒の裏推定法を使用する際はステークホルダーに私たちの仮説に異議を唱えてほしいと思っている。これはステークホルダーの方が正確な数字を提供できる立場にいる可能性があるからというだけでなく、私たちの仮説を透明化することで、他の人と協力して、より良い答えを導き出すことができるからだ。

3つ目は、大きな数字の扱い方を知ることだ。インサイトとは大局観だ。文脈や全体像を理解できれば、細部にとらわれることなく、新しい数字や発見を解釈する最善の方法を見つけることができる。

これは、インサイト業務において非常に重要なポイントだ。私たちは組織において日々、適切な視点やスケール感を持たずに数字に反応する場面に直面している。それは、特に顧客データや市場データについていえる。それはインサイトチームが多くの企業でこのようなデータを見る唯一の部署となりがちなためだろう。一方、営業成績や売上高、従業員数などは、社内の多くの人が知っている数字であり、一般に公開されている数字である場合もある。だから、最初に背景を説明しないままで新しい発見を報告したりしないこと、聴いている人に新しい発見を評価するのに役立つ既存の数字を提供しないまま、新しい数字を提供したりしないことを私たちの使命としたい。 

最後のポイントは、暗算を磨くことだ。人は暗算でよく間違いを犯す。小数点の位置を間違ったり、どこかに0をつけ忘れてしまったりすることはよくある。しかし、私たち誰でも練習すればするほど用意になる。特に精緻なものではなく、ある程度正確な答えを出すことに集中する場合はそうである。

ロブ・イースタウェイ氏が『封筒の裏の数学』(The Maths on the Back of an Envelope)というすばらしい著書の中で暗算を簡単にする一つのテクニックを紹介している。ロブは「ゼクオール法」すなわち、目にしたすべての数字を有効数字1桁に丸めるというテクニックを提唱している。つまり365は400にして、53億2600万は50億にする。これは頭の中で計算する複雑さを大幅に軽減し、封筒の裏推定法と大きな数字の相対的な大きさを理解するための両方にとっての近道になる。

これらの4つの実践によって、よりよい視点を身につけアジリティを高め、より大きな自信と意思決定者の信頼を得ることができる。だから、もしあなたのインサイトチームがまだ「数字を作って」いないなら、今が始める時なのだ。 

成功するインサイトチームの第4の秘訣は、精緻さよりも正確さを重視し、数字を推定するために創造的なアプローチを取ることだ。
重要ポイント:
  1. インサイトの専門家は、完璧なインサイトを追及することと、アジャイルな意思決定を支援するニーズのバランスを取る必要がある。
  2. 正確さと精緻さの違いを理解する:インサイトでは、精度が高くて間違っているより、大体正しい方が良い。
  3. 調査または分析の開始時には、封筒の裏推定法テクニックを使い、課題の大きさと範囲について大まかに計算を行う。
  4. 大きな数字を効果的に扱うには、最初に背景や真のスケール感を把握するためのより大きな数字を特定するよう努力する。
  5. 暗算の練習をし、計算を容易にするために簡便な方法を見つける。

ここまで、ビジネス上の課題をマッピングする方法と知識のギャップに対処する方法について説明した。では、意思決定者から新たな調査や分析を依頼された場合、私たちはどのような手順を踏めばよいだろうか。次の第5章で、このトピックを取り上げる。

エディタV2

2022.9.15掲載


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