第1部 組織にとっての価値を特定する
第6章 インサイト調査
JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子
第5章では、新たな分析や調査に着手する前に課題を明確にすることの重要性について述べた。次に何が起こるかは、特定した課題、利用可能な情報源、データ収集によって異なる。しかし効果的なインサイトチームは、データアナリスト、定量、定性、デスクリサーチのリサーチャーを問わず、共通のマインドセットをもつ傾向がある。それは「探偵のマインドセット」だ。
インサイト調査には大きく分けて次の4つの段階があるが、優れたインサイト業務は繰り返されるため、その順序はさまざまである。
ステージ1:仮説の立案
優れたアナリストやリサーチャーは、ビジネス上の課題を明確にすると次に仮説を立てることに時間をかける。仮説とは、ビジネス上の課題に対する答えが何であるかについての経験則に基づいた推測を行うことだ。売上を伸ばすにはどうしたらいいか、顧客離れを防ぐにはどうしたらいいか、広告予算をどのように使うのがよいか、あるいは顧客満足度をどのように向上させるかなどだ。
仮説を立てる方法については本を一冊書くこともできるが、IMAの経験では、仮説はこれまでの経験や既存のインサイト、そして関連するビジネス知識を持つ人々との対話の中から生まれることが多い。
本当に優秀なアナリストやリサーチャーは問題解決の実績があるため、おそらくあまり考えずに仮説を立てている。経営コンサルタントは、第5章「課題を突き止める」で見たように、新しいプロジェクトの初期段階で解決策を予想するのが得意だ。それは彼らの経験や培ってきたスキルセットによるだけでなく、調査すべき領域を特定するのに役立つディシジョンツリー(決定木)やマインドマップなどのツールを使う傾向があることも理由の一つだ。
しかし、あなたは「調査する前から答えの候補を考えてはいけないのではないか」と考えているかもしれない。実際、仮説を立てることは非常に重要だ。なぜなら関連性がないデータを無作為に調べてもインサイツが得られることはほとんどないからだ。ロンドン地下鉄の元インサイト部門の責任者であるIMAのジェーン・ウーリー氏は、このことを「コロンブスの発見というよりコロンボ刑事のようだ」 と表現している。私たちは広い海を探検し、もしかしたら運よくアメリカ大陸に遭遇するかもしれない。しかし調査開始時から適切な質問を見極めることで、繰り返し成功する可能性の方がはるかに高い。テレビにでてくる刑事のように。
もちろん確証バイアスの危険性はある。最初の自分の仮説にぴったり合う証拠を見つけて、それを支持しないデータを無視することだ。これは明らかに間違っており、プロの仕事ではない。仮説を検証するのと同じくらい長い時間をかけて反証を試みる必要がある。しかし、白紙の状態から始めて「わかった!」というアハ体験を期待するよりも、仮説を立ててそれをデータに当てはめていく方がずっとよい。
ステージ2:エビデンスを探す
インサイトに関わる多くの人にとって、新しいデータベース変数の発見、フォーカスグループでの意見の聴取、新しい調査手法による新たな視点の発見などは楽しい作業だ。優れたインサイトの専門家は、顧客、市場、自分のビジネスに対する好奇心を示さなければならない。新しいことを発見したい、他の誰も見たことのないパターンを見つけたい、顧客の行動の意味が即座にわかる関係性を見つけたいといった衝動…これらは私たちが好むものだ。
第3章では、市場から金額にマッピングすることの重要性に注目し、メイド イン・インサイトモデルのMADE (メトリクス、アクティビティ、意思決定、環境) がビジネス上の課題をマッピングするためによいテンプレートとなることを示唆した。また、このモデルは、データや手法を選ぶ際に自分が最も快適に感じるものに偏りがちになる私たちの生来の傾向を補うのに役立つ。さまざまな情報源を使って包括的な提案をするためには、詳細にこだわりすぎず、全体的なビジネス課題に対処することを忘れないことが重要だ。
第3段階:エビデンスの解釈
コンサルタントは、 「ダイヤモンド型思考」と言う言葉を使うことがある。ある課題をシンプルにとらえることから始め、調査するうちにさまざまな側面への理解が深まる。しかしあなたは自分の提案の根拠となる管理可能な数の側面に焦点を絞る必要がある。
実際には、このようなプロセスはプロジェクトの中で1度きりでなく、様々なレベルで何度も起こる。私たちは常に網を貼り、魚を捕らえ、不要なものを捨て、そしてまた始めるのだ。
インサイトプロセスの探索フェーズは、ダイヤモンドの上半分に似ている。探索すればするほど、より多くの発見がある。解釈の段階は、転機となる部分だ。証拠を精査し、何が重要で何がそうでないかを判断し、重要な証拠をどのように組み合わせて、絶えず進化するストーリーにまとめるかを考える。
これは、「二人の知恵は一人に勝る」というインサイト調査の一環で、同僚の一人を意見交換の相手にして、自分の解釈に対して異なる視点を提供してもらったり、矛盾する調査結果の意味をについて一緒に考えてもらう。
第4段階:意見を形成する
この最終段階は、一部の人には居心地の悪いものだ。私たちはおそらく皆、データを提示するだけしかないで、私たちに「だから何なのか」や「これからどうなるのか」について考えさえるようなアナリストが身近にいるだろう。もしチームにこのような人がいる場合は、彼らにいくつかの選択肢を特定して評価するよう依頼するのが開発のステップとしてよいだろう。
そうすることで、次に何をすべきかについて、どちらかの立場に立つよりも安全だと感じられるかもしれない。またこの方法は自分の発見を他の人に納得してもらうために有効な方法でもある。
逆に、自説を曲げないアナリストやリサーチャーの中には、常に自分の意見を伝えようとする人もいる。しかし、その意見がSCQABで特定した根本的なビジネス上の課題に対応していることを確認する必要がある。
成功するインサイトチームの6番目の秘訣は、インサイト調査に探偵的なアプローチを取ることだ。
重要ポイント:
- 効果的なインサイトチームは、顧客、市場、自分のビジネスについて自然な好奇心を持った探偵のような人を採用し、育成する
- インサイト調査は、答えの可能性が高い仮説から始めるべきだが、それを検証し反証するように努めなければならない。
- インサイト調査の探索段階では、複数のデータソースや手法を用いることが多い。
- インサイトの探偵は、発見したエビデンスを解釈する必要があり、「それは何か?」「だから何だ?」「それで、どうするのか?」と自問する。
- インサイト調査の目的は、ビジネスで行うべきことについて選択肢を開発し、エビデンスに基づいた意見を提供することだ。
また個別のインサイトプロジェクトは、それ自体がより幅広い知識創造プロセスの一部であり、顧客、市場、ビジネスオプションについて大局的な意見を形成する必要があることを忘れてはならない。次の章では、このような知識開発について説明する。