第3部 インサイトの戦略と人材をリードする
第29章 インサイトの視点を取り入れる
JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子
あなたがもし企業のインサイト部門で働いているなら、自分のことを世の中の仕組みについてはかなり詳しい方だと思っているかもしれない。あなたは顧客の支出パターンを見てきた長い経験を持つインサイトのアナリスト、あるいは同僚から消費者行動の要因を理解する専門家と見なされるマーケットリサーチャーかもしれない。
しかし、私たちは自分の周りの世界についてどれだけ知っているだろうか。地球上の人間の生活に関連する主要な統計や、近年見られる傾向と変化について、私たちは事実に基づいた世界観を持っているだろうか。それとも部分的なインサイトと不完全なデータに裏づけられた一連の仮定にすぎないだろうか。例えば、次のような質問に対する答えを知っている自信はあるだろうか。
(a) 世界の人口の大半はどこに住んでいるか?
• 低所得国/中所得国/高所得国
(b) 過去20年間で、極度の貧困状態にある世界の人口の割合は...
• ほぼ倍増した/ほぼ同じ/ほぼ半減した
(c) 今日の世界人口の平均寿命はどれくらいか?
• 50歳/60歳/70歳
(d) 現在、世界には20億人の0歳から15歳の子どもがいる。国連によると、2100年には何人になるのだろうか?
• 20億人/30億人/40億人
(e) 自然災害による年間死亡者数はこの100年間でどのように変化したか。
• 2倍以上/横ばい/半分以下
これらの質問とその答えは、医師で統計学者のハンス・ロスリングが書いた 「ファクトフルネス」 という魅力的な本の中にある。このクイズは、数え切れないほどの政治家、政策に影響力を持つ人、企業経営者、学生が参加しているが、結果はかなり寒々としたものになっている。ロスリングは、クイズを提示した時間内でランダムに答えを選択したチンパンジーのグループに勝ったのは、回答者のわずか10%であることを発見した。そして、より知的で洗練された人々ほどスコアが悪い傾向が見られた。
2018年に出版された「ファクトフルネス」は、特にビル・ゲイツから 「私が今まで読んだ本の中で最も重要な本の一つであり、世界について明確に考えるために不可欠なガイドである」と言われ、すぐに注目を集めた。ゲイツはこの本を非常に高く評価し、2018年にアメリカで卒業するすべての学生に無料で送ったと伝えられている。
ハンス・ロスリング、そして彼が本を書くようになった経緯
1948年にスウェーデンで生まれたロスリングは、医師として訓練を受け、何ヵ国かの世界最貧国で働いていた。そこで、よい情報の重要性と正確な状況把握が病気の蔓延を防ぐのに役立つということを実感した。その後、彼は国連で働き 「事実に基づいた世界観で壊滅的な無知と戦う」 ことを使命とするギャップマインダー財団(Gapminder Foundation)という組織を設立した。
IMAは、数年前にデータ可視化の専門家としてハンス・ロスリング氏を紹介したときに、彼の仕事を知った。すべてのインサイトの専門家に、彼のTEDトークと美しく自動化されたバブルチャートのYouTubeビデオクリップを見ることをお勧めする。それらは非常に複雑なデータを魅力的でわかりやすい形式で伝える方法についての優れたケーススタディである。
しかし「ファクトフルネス」は、データの視覚化がインサイトのコミュニケーションにどのように役立つかを示すだけではない。その中心的なメッセージは、次のとおりだ。
「人は、考えたり、推測したり、学んだりするときに、常に直感的に自分の世界観を参照する。自分の世界観が間違っていると、体系的に間違った推測をしてしまう。」
世界は普段、あなたが思っているほどドラマティックではないことを示し、悪いことはたくさんあるが、これまで思っていたよりもはるかに少ないことを主張する高揚感を与える本だ。残念ながら、ハンス・ロスリングは本を完成させる前に亡くなったが、彼と密に働いていた人たちによって仕上げられ世に出された。この本は、IMAがインサイトについて書かれた最も重要な本の1つであると信じるものを提供してくれたが、実際にはインサイトについて触れているわけではない。
ここでは、「ファクトフルネス」で説明されているような考え方が、企業のインサイト・チームやインサイトのリーダーが人材を採用しチームを作る際に、どのように大きな影響を与えると考えているかを見てゆく。しかしこれは本を読む代わりにはならないので、1冊購入することを心からお勧めする。
なぜ「ファクトフルネス」は企業のインサイトの世界に関連しているのだろうか?
バークレイズのインサイト・チームを率いる私の重要な役割は、ビジネス上の重要な問題についてデータベースを調べ意思決定者に、新しい提案の立ち上げ方、開発された新しいチャネル、顧客のニーズに関する事実、数字、インサイト、アイデアと提言を提供することだった。
しかし、グローバル銀行内のインサイトは、他のあらゆる業界と同様に特定の問題を調査するための部分的なものでしかないことがその時期に次第に明らかになってきた。多くの場合、それは仮定に挑戦し、顧客と市場に関する背景情報を提供することだ。それは、顧客の行動によって実際にどのように価値が高められているのか、そして逆にこの行動はさまざまな習慣、状況、信念、ニーズ、願望によってどのように引き起こされているかをステークホルダーに示すための絵を描くことだ。私が直面した課題は、シニア層が特定の統計を知らないということではなく、営利的な組織では、短期的な収益とコストの指標に焦点が当てられがちであり、顧客がどのようになぜ組織とビジネスをするのかという根本的な真実には焦点が当てられていないということだ。
IMAが企業のインサイトのリーダーとの日々の会話の中で、彼らがハンス・ロスリングのミッション 「事実に基づいた世界観で壊滅的な無知と戦う」に共感していることに気づくのは驚くことではない。言い換えれば、彼らはチームがインサイトの視点を開発し、それを上級意思決定者と共有することが極めて必要であることを理解している。
インサイトの視点を開発し、顧客と市場の知識によって形作られる企業の世界観を強化することを奨励するのであれば、ハンス・ロスリングの本に立ち返る価値がある。私たちは、ハンス・ロスリングのいう人間が物事をありのままに見るための障壁となることが多い10の主要な本能について検討する必要がある。
成功するインサイトチームの29番目の秘訣は、壊滅的な企業の無知と戦うためにインサイトの視点を利用していることだ。
重要ポイント:
- 地球上の人間の生活に関する重要な統計と、近年見られる傾向と変化についてどれくらい知っているだろうか。
- 事実に基づいた世界観をもっているのか、それとも部分的で不完全なインサイトとデータで裏づけられた一連の仮設をもっているのか。
- ハンス・ロスリングは、私たちがもつ世界観が間違っている時、体系的に間違った推測をすると言った。
- これは企業の日常についても当てはまる。多くの組織は、消費者について非常に不完全で誤解を招く世界観を持っている。
- リサーチャーやアナリストは、インサイトの視点を取り入れ、事実に基づいた世界観で壊滅的な無知と戦うべきだ。