第5部 今後に向けて
第41章 インサイトの進化を加速する
JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子
本書『Transforming Insight』の序章で私は、企業のインサイト・チームで働くには今が過去最高の時だと述べた。より優れたデータ、消費者心理の理解、経営幹部の意欲の高まりが相まって、インサイト・チームはかつてないほどの大きなチャンスを手にしている。この3年間、何度も繰り返してきたメッセージだが、コロナウィルスの大流行によって世界的にロックダウンが起こり、すべての勤務形態が変更された2020年まで、このことについて本を書く機会はなかった。
最初の40章は、コロナウイルスについてほとんど触れてこなかった。なぜなら、私が共有してきた成功するインサイト・チームの秘訣は、20年以上にわたって議論されてきたベストプラクティスの原則に基づいているからである。新たな状況がいつまで続くのか、私たちの社会、経済、そして私たちが働く組織にどのような波及効果をもたらすのかまったく見通しが立たないときに、目まぐるしく変化する状況に深い原則をどのように適用できるのか、性急に判断することは賢明ではない。しかし、数ヶ月が経ち、商店が営業を再開し、より多くの人々が職場に復帰するなか、IMA会員とロックダウン期間中に交わした会話を振り返り、見解を共有しないのは間違いだ。
第一に、インサイトはかつてないほど脚光を浴びている。私が先進的なインサイト・リーダーたちに、彼らの部署で「マーケットからマネーまで」をマッピングする必要性について話すと彼らはすぐにそのアイデアを理解するが、その詳細は、社内の他部署からはむしろ概念的に見えることがある。大企業であるほど、私たちインサイト部門は、組織の基盤である営利的な現実からより孤立してしまう。私たちは、営業、マーケティング、製品、チャネル、財務、戦略の各チームと連携しているが、各チームは縦割りで、日々の忙しさに追われている。
しかし、私たちの組織の営利的な骨子は、パンデミックによって丸裸にされた。ニュースの見出しのたびに新たな企業が敗北を宣言するとき、現在の環境がどのように消費者の選択を形成しているのか、そして、顧客の行動がどのように私たちの営利的成功に具体的な影響を及ぼしているのかを考えないわけにはいかない。もし社内の他部門の人が、市場環境が消費者の意思決定を形成し、それが顧客の行動を促し、組織の評価指標に影響を与えることを疑っていたとしても、今さら疑ってなどいられない。
あなたの会社がここ数カ月を生き延びたに過ぎないのか、積極的に成功したのかにかかわらず、「MADE イン・インサイトモデル」は、あなたの状況が他の企業とどのように似ているのか、あるいは異なっているのかを示す視点を提供する。
*訳注)MADE イン・インサイトモデルとは、
M 指標(Metrics): 組織が達成しようとするビジネス上の成果
A アクティビティ(Activity):ビジネスの成果に直接影響を与える顧客行動
D 意思決定(Decisions):顧客行動を実際に促進する消費者の選択
E 環境(Environment):選択の背景となる市場の状況
IMAは、営利企業だけでなく、公共、教育、慈善団体など、あらゆる業界から会員が集まっているため、2020年に期待以上の業績を上げたインサイトリーダーや、本当に苦戦したインサイトリーダーと話をしてきた。しかし、これまでのところ、どのような影響があったにせよ、重要なことは同じである。私たちの組織は、これまで以上にインサイトを必要としている。今後数ヶ月の間に、インサイト・チームに相談することなく、会社の再オープン、再始動、再構成、再ポジショニングを決断するのは、非常に勇敢かつ愚かなCEOとなるだろう。
このような状況を受けて、インサイト・チームは必死に現在の状況に適応している。彼らにとって最大の問題は、通常頼りにしている市場調査の手法も、指標を導き出すデータソースも、異なる状況下で考案されたものだということだ。さらに消費者自身が、数ヵ月後にどのような行動をとるかわからないのである。なぜなら消費者が利用できる選択肢やどのような状況下で意思決定を行うかがわからないからである。というのも、私たちは誰しも自分の行動を分析する能力に乏しく、消費者としても自分で理解できないような理由によって行動を起こすことが多いからだ。しかし消費者が通常の状況下で次に何をするかを言えないのであれば、チャンスはない。
そのため、最も効果的なインサイト・チームは、私たちがずっとやるべきだったことをやっている。可能性のあるシナリオを統合的に理解するために、新しい複数のデータソースを見つけることに集中している。彼らは、社内に溢れる大量の情報を編集し、新たなエビデンスの信憑性を評価し、可能性のある行動方針について意見をまとめ、それを非常に明確で簡潔なダイジェストにして上級幹部職に伝えている。彼らは、営利的に重大な影響を及ぼす可能性のある問題に冷静に焦点を当て、独自の中核的な統計と事業計画(ビジネス・ブループリント)を用いて、起こりうる営利的結果を計算している。彼らは本書で探求された原則から離れるどころか、より熱心に受け入れている。彼らは、新たなインサイトと顧客知識を通じて価値を特定し、影響力とコミュニケーションを通じて変革を推進し、インサイト戦略と人材をリードし、組織の利益のためにインサイトの影響を最適化している。
すでにお気づきだろうが、今こそインサイトの進化を加速させる時である。パンデミックは、古い習慣を止め、ベストプラクティスの原則に基づいた新しい習慣を生み出すかつてない機会を私たちに与えてくれた。今行動すれば、インサイト・チームを将来に向けて再ポジショニングすることができる。さらに重要なことは、組織がかつてないほどインサイトを必要としている今、インサイト・チームの効果をトランスフォームすることができるということだ。
成功するインサイト・チームの41番目の秘訣は、インサイトが将来成功するためのあらゆる機会をつかむことである。
重要ポイント:
- 企業のインサイト・チームで働くことは未だかつてない絶好の機会であるだけでなく、インサイトがより多くの変革をもたらす機会である。
- パンデミックによって、最高経営責任者(CEO)がインサイトを参照せずに意思決定を行うことは極めて困難になった。
- 既存の情報源や信頼された技術は、しばらくの間利用が難しくなる可能性があり、また消費者自身にも自分の答えがわからないということが起こるだろう。
- 本書で述べる重要な原則に従うインサイトリーダーは、将来に向けインサイトを再ポジショニングする可能性が極めて高い。
- 今こそ、その瞬間を捉え、インサイト部門の進化を加速させるときである。
企業の成功はそれにかかっている