第5部 今後に向けて
第42章 勢いを持続させる
JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子
2019年3月にブルックリンで開催されたQuirks のイベントでプレゼンテーションを行った後、英国に戻った翌日、世界最大級のFMCG企業の教育開発部長から電話がかかってきた。彼女は、私がインサイトの変革について語るのを聞いたことがあったことから、私に質問をした。そして、インサイト能力を開発して企業業績の推進に活用する点において、最も進んでいる企業はどこだと思うか、最高のインサイトをベースにしたブランドはどれか、インサイト・プロセスが最も確立されているのはどの業界か?世界で最も優れたインサイト主導の組織はどこかを私に尋ねた。
ニューヨークからのフライトの後で時差ボケを感じていた私は、ロンドン中心部にあるインスティテュート・オブ・ディレクターズの庭をぐるぐると歩きながら彼女と話をし、頭を整理して賢明な答えを出そうとした。というのも、彼女の会社は、カンファレンスや『ハーバード・ビジネス・レビュー』のような出版物で、インサイトの成功例として最も頻繁に言及されるグローバル・プロバイダー5社のうちの1社だったからだ。インサイト能力がどのように開発され、意思決定を推進するために使用されるかについて私が説明を終えると、長い沈黙の後、彼女は言った。「ああ、私の会社でもそうだったらいいのに。私たちはこの点について非常に遅れています」と。
私が強調したいのは、真にインサイト主導といえる組織は世界にほとんどなく、調査・分析業界で有名なインサイト・チームでさえ、自社では模範的な存在だと見なされていないということだ。まったく逆だと言いたくなることもある。私が最も尊敬するインサイト・リーダーの多くは、インサイト・チームがビジネスで果たす役割を変革するには、まだまだ長い道のりがあると言うだろう。私が彼らを賞賛するのは、彼らが達成したことだけでない。新しいアイデアを積極的に受け入れ、自分達よりはるかに小さな企業で行われた仕事に感銘を受け、インサイトが今年、昨年よりもさらに大きな変化をもたらすという使命に邁進する決意をもっていることだ。
さて、本書をここまでを読んでいただいたところで、冒頭の質問を繰り返そう。
あなたはインサイト主導の組織で働いているか?
もし答えがイエスなら、あなたの会社が重要な決断を後押しする顧客と市場に関するインサイトの可能性を認識し、またインサイト機能自体がその可能性を実現する能力を開発したことを喜ばしく思う。
しかし、もしあなたが、あなたの率いるインサイト・チームが最高ではないとか、あるべき場所や他の企業の中での空想上の姿より遅れているなどと感じているのなら、私からは、「心配しないで、あなたは一人ではない」というメッセージを伝えたい。
過去20年間、何百人ものインサイトリーダーと話し、ここ2、3年間に200以上の組織をベンチマークしてきたインサイトマネジメント・アカデミーの見解では、本書に書かれている多くの原則において、最高レベルのパフォーマンスを達成しているインサイト・チームはほぼない。誤解しないでほしいのだが、素晴らしいインサイトが生み出され、知識を構築するために素晴らしい仕事が行われ、私がこれまで考えたことのないような何倍も優れたコミュニケーションのアイデアが採用されている。しかし、IMAのベンチマークのすべての指標でトップになる組織はひとつもない。誰もが学ぶべき新しい何かが常にあるのだ。
インサイト・チームとそれが組織で果たす役割を変革する必要があるとお考えなら、成功するインサイト・チームの42番目の秘訣は、「もっとうまくやれるはずだ」と常に思いながら、たとえ不利な状況にあるように感じても、その勢いを維持する方法を見つけることだ。陳腐な言い方かもしれないが、すべてのインサイト・チームは旅の途中なのだ。そこで、あなたのチームを推進させる5つの簡単なステップを提案する。
ステップ1:広く本を読み、新しいアイデアに触れてみよう
あなたは今、ステップ1を完了したか、少なくともそれを受け入れる意志を示したところだ。企業のインサイト・チームを変革することに特化した書籍は多くないが、素晴らしい記事やブログ、カンファレンスでのプレゼンテーションがある。また、異なるテーマについて書かれた本もあるが、そこから進歩的なインサイトリーダーが学ぶべきことは多い。
ステップ2:社内のインサイトの現状を考えてみよう
社内の上級意思決定者と話し、自分のアイデアについて話し合う方法を見つけよう。本書「トランスフォーミング・インサイト」で検討した原則を自由に共有してほしい。ただし、すべての人に受け入れられることは期待しないでほしい。インサイト・チームの内部を知らなければ、インサイトがもたらす可能性を理解するのは難しいし、その可能性を実現するために必要な手順を理解するのはさらに難しい。したがって、成果について話すのが一番だ。あなたの部署が今と異なる役割を果たしたら、組織のパフォーマンスをどのように向上させることができるだろうか。
ステップ3:インサイト・チームの有効性を確認する
ここで紹介した42の秘訣を楽しんでいただけたなら、IMAでは、企業のインサイトリーダーなら誰でも無料で利用できるベンチマークツール「トランスフォーミング・インサイト調査Transforming Insight Survey」(www.insight-management.org)が利用できる。本書「トランスフォーミング・インサイト」のと同じフレームワークを使用し、他のすべての回答から作成されたベンチマークとあなたの組織の比較レポートを送付する。
ステップ4:優先事項を振り返る
インサイト・チームが本書のベストプラクティスの原則の多くをすでに採用している場合でも、残りのすべてに取り組むにはまだ時間がかかる。各期間で優先的に取り組むべき分野を全員で検討する必要がある。インサイト戦略を作成する機会があれば、常にそれがよいスタート地点となるだろう。しかし、戦略を開発し実行すること自体に時間がかかるため、インサイトの生成、知識の育成(ナレッジ・ファーミング)、コミュニケーション、影響力といった分野に並行して取り組む必要があるだろう。インサイト・チームが組織の他の部分とあまり関係性がない場合は、営利性から始めるのがベストかもしれない。また、リサーチャーやアナリストが基本的なことはきちんとやっているが、その評価が得られていない場合は、ポジショニングから始めてもいいだろう。トランスフォーミング・インサイト調査にご参加いただければ、多くの示唆が得られるだろう。
ステップ5:他のインサイトリーダーと交流する
英国、北米、ヨーロッパ、アジアには優れた会員組織があり、ネットワーキングの機会とアドバイスを提供している。市場調査の技術的な側面についてもっと学びたいのであれば、世界的な市場調査機関であるESOMARや、英国のAURAのような大規模な調査機関にアプローチするのがベストだ。また、ニューヨーク、シカゴ、ロンドンで素晴らしいイベントを開催しているQuirksのようなカンファレンスでも、素晴らしいケーススタディを見ることができる。IMAでも、インサイトの変革に真剣に取り組みたい組織のためにインサイト・フォーラムを運営しており、また、オンライン学習やアドバイス、柔軟なサポートを提供する充実した法人会員制度を提供している。
まず、どのような方法であれ、他のインサイトリーダーと連絡を取ることだ。
大組織の上級インサイト専門家である場合、社内の他の誰かがあなたの役割を果たす、あるいは効果的に行う方法に特段の見識を持つ可能性は比較的低いが、その仕事は、驚くほど孤独かもしれない。
しかし、IMAは、企業のインサイトリーダーがベストプラクティスについて話し合うという原則のもとに設立された。この原則が、IMAが、インサイト・チームの変革に意欲を燃やす数千人のインサイト専門家を鼓舞し、支援し、導いてきたのである。
成功するインサイト・チームの42番目の秘訣は、勢いを持続するために、見直し、反省し、リセットすることである。
重要ポイント:
- 本書をお読みになった方は、インサイト・チームを変革する第一歩をすでに踏み出している。
- 第二のステップは、社内のインサイトの現状を検討することである。あなたは、インサイトドリブンの組織で働いているだろうか。
- 第三のステップは、インサイト・チームの有効性を見直すことだ。
www.insight- management.orgで、Transforming Insight Surveyに無料で回答できる。
- 第四のステップは、優先順位を考えることである。一度にすべてを変えることはできない。適切な計画が必要だ。
- 第五のステップは、企業のインサイトの経験者に連絡を取りつながりを持つことである。誰にでもサポートが必要な時がある。