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ほんぶん

第1部 組織にとっての価値を特定する
第8章 インサイトの種まき

JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子


次の調査や分析プロジェクトよりも、蓄積された知識に潜在的な価値があると信じている進歩的なインサイトリーダーを見つけることは非常にまれだ。インサイト・ファーミング(農業)は、文化的なレベルで多くの人にアピールするだけでなく、プロジェクトの重複をなくすことによって明らかなコスト削減を実現している。優れたリサーチャーやアナリストは常に頭の中にナレッジを蓄積しているので、インサイト・ファーミングは、集合的なインサイトチームにとって論理的な拡張だ。

しかし、新しいプロジェクトの実行とナレッジベースの開発の適切なバランスが取れていると考えるインサイト部門のリーダーはほとんどいない。では、インサイト・ファーミングを実現するためには、どのような実践的なステップを踏めばよいだろうか。
次の3つを見ていこう。

  1. 種をまく: 新しいファインディングスを結晶化し、記録する。
  2. ナレッジを育成する: 知っていることを積極的に管理し、議論する。
  3. 農業システム: プロセスの各段階を促進し、より良いインサイトを収穫するのに役立つシステムに投資する。
インサイトを結晶化し、記録する

出発点は、企業に役立つナレッジを育むためには、自ら種をまく必要があることを認識することだ。これは、原材料である過去のプロジェクトからのインサイトに目を向ける必要があるということだ。
インサイトチームがSCQABモデル*を使用して、厳しいビジネス上の課題に焦点を絞って調査をしている場合、当然、調査結果を意見と提言にまとめなければならないので、すでに多くの種をまく準備ができているはずだ。しかし、もしチームのアウトプットが、データ表や50枚以上のスライドに及ぶ昔ながらの市場調査報告書の形式をとっている場合、既存のファインディングスを有益なインサイトに抽出するための準備作業が必要になる。
訳注*)SCQABとは、ビジネス上の問題を診断するためのモデルで、状況(Situation)、複雑な要因(Complication)、課題(Question)、解決策(Answer)、利益(Benefit)のこと(第5章を参照)

また、優れたアイデアは正式なプロジェクトのみから生まれるものではないということを忘れてはならない。机に向かい合って議論しているアナリストらは、他の思考の肥やしになる非常に有益な見解を思いつくことがある。
しかし、このようなアイデアを他のことに移る前に紙に書き留めておく必要がある。私がインサイトチームを運営していて、同僚たちが新しいアイデアについて話し合っているのを耳にすると、誰かがそれを記録しないとアイデアが消えてしまうのではないかといつも一瞬の不安に駆られた。それが文書、理想的には、図表、アイデアを要約した見出し、および簡潔にまとめた箇条書きを含む1ページの要約があれば、それを失うことはないと安心できた。

「基本的な真実」は、インサイトファーミング(農業)のプロセスへのもう一つの重要なインプットとなる。例えば、金融サービスでは、ライフステージとライフイベントが、消費者のほとんどのニーズを決定する。そして英国では、顧客は大手銀行と家族の関係が非常に強いため、顧客は生まれながらに大手銀行に対する態度を持って生まれてくるように見えることがある。
このようなインサイトは特定の作業から得られるものではなく、常に存在する要因であり、すべての市場に存在し、すべての新しい発見を文脈化する。インサイト・ファーミングのプロセスは、時間の経過とともにこれのはるかに多くのことを明らかにするだろうが、個人の頭の中にすでに存在するものを捉えることが重要である。
誰がこの仕事をすべきなのだろうか。誰が時間をかけて以前の仕事から得た明確なアウトプットや暗黙のうちに存在する基本的な真実を特定して記録をするべきなのだろうか。理想的には、インサイトチームの全員が参加すべきだと私は信じたい。蒸留、結晶化、記録は、各プロジェクトに不可欠な要素を形成する。しかしこれには時間と才能という二つの課題がある。

優れたインサイトチームでは、次の意思決定で他の部署をサポートするというプレッシャーが必然的にあり、優秀なアナリストやリサーチャーが強く求められることになる。個人的には私は常に、プロジェクトのリーダーが、そのプロジェクトから得られた重要なファインディングスを文書化するよう主張し、それはビジネスの意思決定者に送られるレポートに加えて、別の1ページの要約の作成が含まれる場合がある。しかし、これらのスペシャリストは次の調査を開始するという需要、そして実際に細部にまでこだわるため、プロジェクトをさかのぼって将来使用するために保存したいすべてのファインディングスを選び出すには最適な人物とはいえないかもしれない。

もう1つはスキルセットの問題だ。特に優れたデータアナリストや定量調査のリサーチャーは、特に細部に目を向ける必要がある。正確なデータの収集と操作には、第4章で見たようにそれが正確さを妨げない限り、ある程度の精度が必要だ。しかし、プロジェクトを見直し、複数の分析結果からエビデンスを選別し、インサイトの収穫に貢献する重要な種を見つけることは、また別のスキルセットだ。そのためには、全体像の認識、水平思考、細部から一歩離れて複数のプロジェクトにまたがるパターンを特定する能力が必要だ。
2005年以降、バークレイズをはじめとする大手企業では、インサイトマネージャーの役割を導入した。その役職は過去15年で非常に一般的になったが、残念ながらそれは伝統的なアナリストやリサーチャーに与えられる肩書きにすぎないこともある。しかし、理想的には、インサイトマネージャーは、インサイト・ファーミングの重要性を認識した上で採用され、育成される。インサイトマネージャーが担うべき他の役割については、本書の後半で見ていくが、第一の要件は、日々のリサーチで発掘されたすべてのものを興味深く将来的な価値があるかどうかをふるいにかけられていることを確認することだ。

成功するインサイトチームの8番目の秘密は、ファインディングスを結晶化し記録することによって、インサイトのナレッジの種をまくことである。

重要ポイント:
  1. 多くのインサイト部門のリーダーは、インサイトファーマー(農家)になるというアイデアを気に入っているが、それを実現するには時間と集中力が必要である。
  2. まず自分自身で種を蒔き、各プロジェクトから重要なファインディングスや興味深いアイデアをふるいにかけなければ、知識を収穫することはできない。
  3. また経験豊かなリサーチャーやアナリストが長年にわたって培ってきた暗黙の理解も追加する必要がある。
  4. インサイトファーミング(農業)では、ファインディングスが抽出されて記録されるまではプロジェクトが完了しないということを全員が認識する必要がある。
  5. 一部の先進的なインサイトチームでは、興味深い知識のナゲットとより広範なパターンを特定するためにインサイトマネージャーを導入している。

この章では何度か、調査のファインディングスを文書化してファイル化する必要性について述べてきた。これは、どのようにファイル化し整理するのか、どのシステムで行うのかという2つの問題を提起する。これらの疑問については、次の2つの章で検討する。

エディタV2

2022.12.20掲載


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