第2部 組織の変革を推進する
第19章 インサイトストーリーを共有する
JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子
ストーリーというものが強力で、おそらく人類史上最も広く使われる効果的なコミュニケーションツールであることは、誰もが知っている。ストーリーとは、社会全体が、自分たちがどのように存在するようになったのか、何を目指しているのかといった物語を発展させるのに役立ち、あらゆる文化の不可欠な部分を形成している。大企業もまた長年にわたって、自社の形成と発展に関する物語、そして消費者の需要やより広い社会を満足させるために果たす役割についてストーリーを使用してきた。私たちが目にする広告のほとんどが、何らかの形でストーリーを含んでおり、あらゆる売り込みや新規事業の提案の中にもストーリーが存在する。
近年、企業は社内コミュニケーションにおけるストーリーの力に気づき、CEOは多くの時間と予算を投じてストーリーを開発し、説得力のあるメディアを使ってビジョンを伝えている。そのため、インサイトチームが同じ傾向に従うのは当然のことで、今ではどのリサーチ・カンファレンスでも、ストーリーテリングに関するセッションが少なくとも1つは含まれている。
このような企業の需要に応えるため、多くのプロバイダーがストーリーテリングのワークショップを宣伝するようになった。多くは魅力的なものだが、問題はその多くが小説家や映画監督を目指す人たちを対象にしているように見えることだ。アナリストやリサーチャーが役に立つと思うには、あまりにも概念的すぎる。IMAでは、インサイト部門のリーダーが、教育研修部門がストーリーテリングのトレーニングを企画しても、その結果としてインサイトチームの行動がどう変わったかを確認するのは難しいと話すのをよく耳にする。
そこで、今回のトピックに関し、IMAのリサ・ダットンは「ストーリーテリングの概念からどのような重要な原則が生まれ、それらはどのようにインサイトの仕事に応用できるのか」と問いかけた。この質問に答えるために、私たちはインサイトの作家、インサイトのジャーナリスト、インサイトの編集者という3つのキャラクターから見てみよう。:
作家のように考える:まず読者(オーディエンス)から始めよう。第16章で、インサイトチームは、まずインサイトコミュニケーションプログラムの読者を検討すべきだと述べたが、個々のコミュニケーションには異なる読者がいるので、読者の立場に立って、読者が最も知る必要があることを検討することはとてもよい考えだ。
良い本には、SCQABを使っていれば保証されている全体的なテーマだけでなく、そのテーマに関する切り口、類推、あるいは作者が物語にリズムと流れを与えるために繰り返し使う修辞法などについても明確なテーマがある。
また、多くの作家が提唱しているのが、「ストーリーボード」であり、物語が読者をどのように誘導し、自然な結論に至るかをスケッチすることの重要性である。数年前、私は幸運にも、著名な作家であるロバート・ハリスがワーウィック・ワーズというブックフェスティバルで講演するのを聞いたことがある。彼は、最初の作品「ファーザーランド」を、物語の行く末がはっきりしないまま書き始めたことを話した。最初の数ページは満足だったが、35ページ目に主人公が全員同じ部屋に集まっていることに気づき、突然、彼らがなぜそこにいるのか、次に何が起こるのかがわからないことに気づいたという。その時、彼は最初の原稿を横に置き、本の最初から最後まで、残りの部分のアイデアをスケッチした。そして、結論に満足して初めて、今知っているストーリーを明らかにする作業に取り掛かった。
ここからインサイトのアナリストやマーケットリサーチャーが学べることはたくさんある。各インサイトの調査を進める中で、プロジェクト全体のストーリーを構築していくことは不可欠だが、自分たちが到達した結論と読者が同じ場所に到達するために共有すべき重要なポイントが分かってから、個々のコミュニケーションを書くべきである。
ジャーナリストのように考える:まずは見出しから始めよう。見出しの書き方はジャーナリズムの芸術の域に達している。大きな太字で書かれた6つの言葉を正しく伝えるために、記事の他のどの言葉よりも多くの時間が費やされる。見出しだけで私たちの注意を引き、より詳しい情報を得るために他の記事ではなくその記事をクリックさせる。インサイトチームは、報告書のタイトルだけでなく、結論や個々のページやスライドの見出しも考える必要がある。データを説明する受動的な見出しを選ぶか、パンチの効いたメッセージを伝える能動的な見出しを選ぶかで、読者があなたのストーリーに興味を持つかどうかが大きく変わってくる。
また、インパクトのある見出しは、印象に残りやすい。重要な意思決定者やコンテンツを利用する広範な同僚たちであるインサイトオーディエンスは、その場で行動を起こす状況にないことが多い。プレゼンを終えて他の会議に出たり、報告書を置いて電話に出たりする。行動を起こす気にさせる、あるいは重要な発見を週の後半の会議で関連するビジネス課題を議論する気にさせるためには、彼らの頭に残る言葉の形を見つける必要がある。
インサイトのプロが学ぶべきジャーナリズムのもう一つの側面は、伝えたいメッセージを示す特定の人物の事例に焦点を当てることにより、物語に命を吹き込むことの重要性である。何千人もの人が自動車事故で死亡したという統計はあるが、ある母親がバイクから転落した10代の若者を悲しむのは人間の悲劇だ。これは、市場調査のリサーチャーと顧客アナリストが互いに協力できる分野であり、分析や定量調査は、課題の規模や行動を起こすことの重要性を示す大きな数字を生み出すのに適している。しかし定性調査(またはコールセンターやビデオ通話などからの録音)は、個々の顧客を物語に引き込むのに効果的だ。
編集者のように考える:最後に重要なことは、良いコミュニケーションには良い編集が必要だ。なぜなら、私たちが最初に書く原稿のほとんどは、破棄して当然なひどいレベルだからだ。
編集者は、コミュニケーションをシンプルで焦点の絞られたものにするを手助けしてくれるので、自分の作品を出版する前には必ず他の人に目を通してもらうべきだ。私自身も自分の文章を編集するのが苦手だ。
インサイトチームにとって重要なことは、編集する時間を確保することだ。しかし、優秀なアナリストやリサーチャーが常に次の調査に移らなければならないというプレッシャーがあるため、レポートを書き終え、プレゼンテーションを作成し、ビデオを編集し終えたときには、安堵のため息をつきたくなる。しかし、リハーサルや推敲をする時間、あるいは同僚が自分の作品を読み、考察し、編集する時間を確保することができれば、大きな違いを生み出すことができる。
成功するインサイトチームの19番目の秘訣は、変化を促すためのストーリーテリングのスキルを身につけることである。
重要ポイント:
- ストーリーは強力で、おそらく人類史上最も広く使われた効果的なコミュニケーションツールである。
- 多くの組織がストーリーテリングのトレーニングを行おうとしたが、その後、その高邁な理念をインサイト業務に適用することが困難であることに気づいた。
- 私たちは、選ばれた読者に作家が物語を語る方法から学び、物語の流れとストーリーボードで改善するべきだ。
- 私たちは、ジャーナリストからも学ぶことができる。ジャーナリストは、インパクトのある見出しを作り、印象を残すことに長けている。
- 私たちは常に編集の時間を確保し、同僚に自分の作品を確認してもらい、ストーリーを洗練させる必要がある。