「トランスフォーミング インサイト」を振り返る
著者: ジェームズ・ウィッチャーリー インサイトマネジメントアカデミー CEO
まとめ解説: 岸田 典子 リサーチ・コンサルタント
2022年7月から2024年6月までの2年間、「トランスフォーミング・インサイト」という書籍 ジェームズ・ウィッチャーリー氏著)の翻訳をJMRAサイト上で連載してきました。企業のインサイト部門のリーダー、つまりリサーチ・インサイト業界にとってのクライアントを対象に書かれた本です。改めて「トランスフォーミング・インサイト」を振り返り、まとめました。
■クライアントへの理解を深め、私たち自身の将来ビジョンについて考えよう
「トランスフォーミング・インサイト」は、企業のインサイトチームの成功のためのさまざまな秘訣を42章にまとめたものです。その中から、特に印象深く感じた点を紹介します。
企業のインサイト部門のリーダーの課題やそのリーダーシップについて学ぶことを通じて、リサーチ、データ、インサイトに関わる仕事に携わる調査会社やリサーチャーとして、クライアントへの理解を深めるとともに、50周年を迎える日本のリサーチ業界の将来ビジョンやリーダーシップについても考える機会になればと思います。
■インサイトチームの目的は、組織の価値を明確にし、組織の変革を推進すること
インサイト(Insight)とは、消費者の価値、行動、習慣、状況、態度、市場、環境に関する背景に基づいた観察結果であるインサイツ(insights)を蓄積し、関連性を理解することから統合的な知識へと昇華させたものです。インサイトは単なるデータや事実とは異なり、それをもとに組織の成功に貢献する具体的な行動を促し、いかに競争優位を築くかを決定するものです。
組織の成功への貢献という点が非常に強調されています。価値あるインサイトを生み出したことを証明するため、また意思決定者への提言による利益を実証するために、成果を金額に換算することが必須だとされています。
そこでは、インサイトは組織の成功に不可欠な要素であり、インサイトチームの目的は、組織の価値を明確にし、組織の変革を推進することであると明確に位置づけています。
目的は、インサイトを発見することでも、イノベーションでもなく、組織の成功です。この位置付けは非常に重要で、それによってインサイトチームの行動、ビジョン、マインドセットなどのすべての点が、組織に必須な存在として力を発揮するためのものになっています。
■インサイト・ファーミング(農業)
インサイトを効果的に活用するためには、得られた知見を組織全体で共有し、長期的に育成していくことが不可欠です。インサイトを単発のプロジェクトに留めず、継続的に組織の知識ベースとして蓄積し、次の意思決定に活かすための体系的なプロセスを「インサイト・ファーミング(農業)」と呼んでいます。一つの目標を達成したらすぐ次の目標に向かうというハンターのように行動するのではなく、自ら種をまき、根気よく作物を育て、長年にわたって土地を維持するための灌漑システムに投資する農業のようにインサイトを育て開発するイメージです。
単発の数多くのインサイツを蓄積し、その関連性を理解し、統合的なインサイトに発展させるためには、ナレッジを構造化することにより社内でいつでも活用できる共通の基盤を作ることが必要だといいます。そのための具体的な行動としては、各プロジェクトについて、図表、アイデアを要約した見出し、および簡潔にまとめた箇条書きを含む1ページの要約を作り、蓄積することをチームの習慣にすることが例にあげられます。プロジェクトを見直し、複数の分析結果からエビデンスを選別し、長年にわたって培ってきた暗黙の理解も追加し、インサイトに貢献する重要な種を見つけることが必要です。
日常のチームメンバーの会話からも発想に繋がることがあるため、そういったことを忘れず書き留め積み重ねることから始まります。このようなインサイトを結晶化し記録してゆく作業には、細部から一歩離れて複数のプロジェクトにまたがるパターンを特定する全体像を認識する能力が必要となります。
このような長期的視点にたったインサイト構築へのビジョンや戦略の重要性が印象に残りました。
■組織の変革を推進するためのコミュニケーション戦略
本書では、インサイトチームは、顧客や市場の調査をするのと同じように、自社の組織についても研究すべきだといいます。それは、「インサイトは行動に移されない限り何の価値もなく、行動に移されるかどうかは、インサイトの質だけでなく、大きな決断を下す人たちと得られた学びをどのように共有するかにかかっている」と組織の意思決定者との情報共有の重要性を指摘します。
組織の意思決定プロセスを理解し、インサイトがデフォルトの選択肢として協議されることを目指します。インサイトチームの地位向上のためのさまざまな工夫事例が印象に残りました。例えば、支店ごとの地域市場やビジネスのシェア拡大のチャンスについてまとめた地図と図表が満載のカラフルな年次報告書を作成し、CEOの訪問前に支店長宛てに送付することで支店サポートをアピールするなど、インサイトチームのブランドを作り、認知、評判を高める機会を計画します。また社内の意思決定プロセスにインサイトがデフォルトの選択肢として協議されるよう役割の改善を図ります。
インサイトがタイムリーかつ適切に伝達され、意思決定に反映されることを目指し、体系的なコミュニケーションプログラムが計画されます。効果的なコミュニケーションは情報を正確に伝えるだけでなく、感情に訴えかけ、共感を引き出す力を持っています。インサイトを効果的に伝えるために、図や絵を使って視覚的に表現するビジュアル・コミュニケーション、インサイトの伝え方であるストーリーテリングのスキル、行動経済学の活用の効果も注目されています。
インサイトチームの仕事を広く知らしめるのだという野心的なマインドセット、トップの記憶に残り、かつ自分たちのインサイトを生み出す能力を実証するプロジェクトを戦略的にアピールするなどコミュニケーション重視の姿勢が強く印象に残りました。
■財務的視点で語る必要が増している
本書は、「インサイトチームは、顧客に集中し、営利的なことは他の営業部門に任せればいいという考えを捨てるべきだ」と言います。組織の成功に寄与するには、インサイトチームが顧客の問題だけに焦点を当て、事業や財務との関連性を無視することはできません。インサイトチームが、複数ソースからデータやアイデアを統合し、それらを組み合わせて行動モデルを作成することに強みをもつ点を生かし、顧客データ、営業データ、財務データの点と点を結ぶことからから始まります。インサイトチームが果たす役割やビジョンが、全社的データを扱う幅広いものに拡大しつつあるといえます。
多くの場合、経営陣をはじめとする組織の人は「財務」の用語で話す一方、インサイトチームは「顧客」の用語(リサーチの方法論や専門用語)で話しています。このことが、他部門の人にインサイトチームが自分たちだけの世界に閉じこもっているような印象を与えがちだといいます。顧客インサイトを大きな意思決定に反映させたいのであれば、インサイトチームは自分たちの用語(リサーチ専門用語)を他の人が理解できる言語(財務の用語)に自分たちで翻訳する必要があるのです。
■根本的なビジネス課題に焦点を当てたアウトプットへ
著者は、従来型の市場調査のアウトプットに対しては、ビジネスの価値を見極め、変化を促進しようとする先進的なインサイトチームには合わないと辛辣に評価しています。私たちも、根本的なビジネス課題に焦点を当て、新しい発想、視点で取り組む必要があると強く感じさせられました。
本書では、インサイトを取り巻くさまざまな課題を解決するモデルやその使いどころも紹介されています。ぜひ参考にしてみてください。
■さいごに
企業が生き残り、成長するためには、インサイトを活用することが不可欠となり、インサイトチームの役割はこれまで以上に重要となっています。私たちそれぞれの場で、インサイトに関わる仕事の未来像について考えていきましょう。
本稿は、連載記事からほんの一部をご紹介しました。よろしければ「トランスフォーミング インサイト」全文をお読みいただけると幸いです。
2024.09.24掲載