上杉 公志(JMRA事務局)
「JMRAマーケティング・リサーチ産業ビジョン」とは

「マーケティング・リサーチ業界のこれまでとこれからを見据えた座談会」の前半パートでは、「JMRAマーケティング・リサーチ産業ビジョン(※)」をもとに議論が行われました。この「産業ビジョン」とは、2017年に15名の業界関係者を中心としたJMRAの委員によって、約1年をかけて策定されたもの。ビッグデータを筆頭とする昨今の業界内外の変化を踏まえて、マーケティング・リサーチ業界の現状とあるべき未来像を描いています。産業ビジョンを貫くメインコンセプトは「市場の計測者からイノベーションのエンジンへ 〜情報の力でくらしとビジネスを変革しつづける〜」でした。
ビジョン策定からおよそ7年が経ち、果たしてどれだけこのビジョンが実現できているのか。このセッションでは、産業ビジョンで「ビジョン実現後の業界のあるべき姿」として描かれた4つの姿、すなわち「生活者を最も理解した代弁者になる」「ビッグデータビジネスの中心的存在になり価値創出をリードする」「クライアントのビジネス的成功をドライブする存在になる」「多様な専門性を持つ異才の集まりになる」について、JMRA会長1名、副会長3名がそれぞれの実現度合いを「◯」「△」「×」で評価した上で、見解を述べました。
このレポートでは三役のメッセージをダイジェストでお届けします。登壇者は次のとおりです。
- 五十嵐 幹氏(JMRA会長、株式会社クロス・マーケティンググループ 代表取締役社長兼CEO)
- 佐々木 徹氏(JMRA副会長、株式会社マクロミル 取締役兼代表執行役社長CEO)
- 鈴木 文雄氏(JMRA副会長、株式会社日本リサーチセンター 取締役・営業企画本部長)
- 高山 佳子氏(JMRA副会長、株式会社インテージ 取締役執行役員)
なお、本セッションは、トランスコスモス・アナリティクス株式会社 エグゼクティブフェローの萩原 雅之氏が司会を務めました(以下、登壇者名は敬称略)。
※「産業ビジョン」はこちらのURLからご覧いただけます:
https://www.jmra-net.or.jp/aboutus/sangyovision/
ビジョン実現後の姿
1.「生活者を最も理解した代弁者になる」

鈴木:
オフライン調査やインターネット調査といった調査手法を問わず、「生活者に何を聞くか」という調査票の設計づくりを業界としてきちんと行なっている。こうした取り組みを通じて、生活者の代弁者としてリサーチの役割を果たしていると考えている。
高山:
「生活者を最も理解した代弁者であること」は、これができていなかったらリサーチャーではないというくらいの大前提であり、できているはず。インサイト産業に該当される他の業界の関係者と一緒に仕事をする中でも、我々が最も「生活者」について言葉にしており、生活者の気持ちや行動をベースに物事を語っていると実感している。
一方で、モニター、とりわけ若年層の協力者減少などの課題があるのも事実である。
佐々木:
期待としては「◯」にしたいが、次の2つの観点から辛めに「×」とした。一つは、もしこれが実現していたら、もっと我々がお客様に選ばれているはずであるということ。もう一つは、我々が「パネル」を資産に生活者の意見抽出をしているのに対し、業界外で「ビッグデータ」をはじめとする、ファーストパーティの意見や顧客の生活者をよりリアルタイムに取得できる機会が増えていることである。
五十嵐:
これからの我々への要請は、インサイト産業がカバーする広範な意味での生活者理解であると考えている。「第49回経営業務実態調査(※)」によると、インサイト産業の市場規模の約4,500億円のうち、マーケティング・リサーチ業界が占めるのはおよそ2,500億円に留まっており、生活者の代弁者としてカバーしきれていない領域がまだあるのではないか。
また、直近では、兵庫県知事選やアメリカ大統領選の選挙予測が外れた、というニュースに象徴されるように、生活者のあり方も大きく変化している。マーケティング・リサーチ業界も、今の時代にあった形に変化・対応が求められている。
※「第49回経営業務実態調査」はこちらのURLからご覧いただけます:
https://www.jmra-net.or.jp/Portals/0/trend/investigation/gyoumujitai_49.pdf
ビジョン実現後の姿
2.「ビッグデータビジネスの中心的存在になり価値創出をリードする」

五十嵐:
「データ」という視点に立つと、そもそもマーケティング・リサーチ業界が持っているデータと、GAFAが持っているようなビッグデータは異なるものである。現状はビッグデータが全てのビジネスの前提になっているので、むしろ業界としてどのような役割を果たしていくかが課題。
ビッグデータ・ビジネスとマーケティング・リサーチビジネスとは別物と捉え、ビッグデータをユーザーサイドとして活用して、生活者理解や課題解決に役立てていけばよいのではないか。
鈴木:
自社は100名前後であり、ビッグデータのような何百万というデータからファインディングをするスキームを取ることは難しい。マーケティング・リサーチ業界の中でも、自社内でビッグデータを扱える企業はかなり限られるのではないか。
高山:
インテージ社では、すでに基幹産業として「SRI+®」のような全国小売店パネル調査を実施している。ただ、リサーチスキルを使いビッグデータを扱うことはできても、それをどうお客様のビジネスに直接的に活かすかというフェーズにはまだ行けていない。
佐々木:
自社としては、「ビッグデータを活用してどうするか」が一番大切であると捉えている。「未来を予測する」「生産性を改善する」など、活用目的がクリアになれば、業界としてコミットする方向をより打ち出していけるのではないか。
それまでは、ビッグデータ活用における業界としての役割を理解することが大切。理想としては価値創出の中心的存在になることだが限界もある。できる・できないをはっきり認識することが重要である。
ビジョン実現後の姿
3.「クライアントのビジネス的成功をドライブする存在になる」

高山:
クライアントのビジネス構造を理解した上で、ビジネスの成功に向けた方向性を示すことは、業界としてこれまでも行なっていることだが、そこまででとどまっている印象。クライアントのビジネス成功によりコミットする行動を取ることができれば、クライアントからの対価もさらに充実してくるのではないか。
鈴木:
最近では、BIツールをレポート代わりに納品することで、クライアント自身でクロス集計にアクセスし、活かすことができるようになっている。このように、ツールも活かしながら、我々が行うアウトプットをクライアントにとってより扱いやすようにする取り組みも、クライアントのビジネス的成功をドライブしている一例なのではないか。
佐々木:
会社単位では、一朝一夕にクライアントのビジネス的成功をドライブすることは難しい。一方で、社員個人にフォーカスを当ててみると、クライアントと単なるプロジェクトという範囲を超えた協働関係が実現できているケースもある。
まずは「調査一つとっても考えうる可能性を全て示した上で、クライアントの成功にコミットすること」を会社として宣言し、社員がよりクライアントとの協働関係を築きやすい環境づくりをすることが大切なのではないか。
五十嵐:
ここで言う「ビジネス的成功」とは、「ファクトベースに基づくクライアントの意思決定支援」であると考えている。要するに、クライアントのファーストチームに、マーケティング・リサーチ領域の専門家として我々が呼ばれているか、ということである。
また、「マーケティング・リサーチビジネスの内製化」が話題にあがることもあるが、これは他の産業や業界でも起こっていること。フルラインでマーケティング・リサーチ専門チームを組むことができる企業は限られており、マーケティング・リサーチ業界のニーズは、今後も減衰することなく、増えてくるものと捉えている。
ビジョン実現後の姿
4.「多様な専門性を持つ異才の集まりになる」

五十嵐:
マーケティング・リサーチ業界全体として見たい景色は「虹色」。さまざまな年齢層やジャンルの人が業界に集まっていって欲しい。
世の中を見ても、上の世代では想像もつかないようなスマホの使い方を若者がしていたり、営業に対する捉え方も世代によって異なっている。業界のオープン化を図っていくことが、多様化するマーケティング課題の解決につながっていくのではないか。
鈴木:
自社は、数量化理論や統計学に詳しい人材の定期採用、キャリア採用が中心になっている。
一方で、昨今では、エンジニアリングやサイエンス、UX系、ビジネスアーキテクトなど、自社にはない魅力を持つ同業他社が増えてきて、人材が流動していることは否めない。多様な異才が集まる魅力のある集団を実現することで、ビジネスのレイヤーがさらにあがるように思う。
高山:
かつては、「データに関心のある人は調査会社に就職する」という流れがあった。しかし、今はデータを扱う業界が色々出てきている。10年前と比べると、いわゆる昔ながらのリサーチャー以外の人材も増えているが、このような時代の変化もあって、相対的に多様な人材を集めるのが難しい状況となっている。
「インサイト産業」とマーケティング・リサーチ業界のこれから
前半のセッションの最後に、昨今、定義が定着しつつある「インサイト産業」と、業界の未来像について、それぞれメッセージを述べました。
五十嵐:
まず、強調したいのは、「この産業はまだまだ伸びる」ということ。また、インサイト産業というのは、「クライアントからの要請」によるものであり、生活者課題や理解について、インサイトまで広げないと解けなくなっているということをあらわしている。これは、従来よりも関わる領域がさらに拡大することを意味しており、こうした変化をポジティブに捉えている。
クライアントからの要請の変化によって、リサーチャーが持つ専門的なスキルを広げ、深めていくことがますます重要になっていく。今後更に拡大していくマーケットに対して、お客様のニーズによりこたえられるプロフェッショナルとして業界を打ち出していきたい。
佐々木:
顧客ニーズや生活者の多様化といった変化が起こっていて、従来のマーケティング・リサーチだけでは、生活者の代弁者となるのは難しい。だが、これはマーケティング・リサーチの否定ではない。むしろ、インサイト産業の中で、いかにして業界の強みを活かした価値創出ができるのかを再定義する「歴史的転換点」に立っていることを意味しているのではないか。非常にワクワクしており、業界としてもチャンスだと捉えている。
鈴木:
「インサイト産業」というくくりの中には、アドビやセールスフォースのような、マーケティング・リサーチ会社を傘下に持つ企業も含まれている。従来のリサーチだけでは生活者の詳細までファインディングできていないということもわかってきており、今回のインサイト産業の流れは、新たな領域拡大の機会としてポジティブに捉えている。
高山:
「インサイト産業」という定義によって、新たに業界区分が加わった。データの種類やデータを活かす仕組みが多様化する中で、インサイトの重要性はますます高まっている。我々は、これまで生活者を理解する代弁者としてリードしてきた存在として、ますますインサイト業界の領域を広げていきたい。
次回のメルマガでは、「リサーチ業界従事者アンケート結果」を踏まえての対話が展開された後半パートについてレポートする予定です。
2025.1.21掲載