上杉 公志(JMRA事務局)
「リサーチ業界従事者アンケート」の概要

「マーケティング・リサーチ業界のこれまでとこれからを見据えた座談会」の後半パートでは、「リサーチ業界従事者アンケート結果を踏まえて考える」をテーマに、まず、マーケティング・リサーチ業界従事者を対象としたアンケートの概要が紹介されました。続いて、アンケート結果を踏まえて、JMRA会長1名、副会長3名が、それぞれの見解を述べました。
まず、業界初となる試みとなった「リサーチ業界従事者アンケート」は、次のような内容で実施をしました。
<アンケートの概要>
- 調査方法:インターネット調査
- 対象者:市場調査業界従事者(JMRAサイト・メールなどで告知、また各社の委員より自社などに呼びかけ)
- 実査期間:2024年6月26日〜8月9日
- 集計対象者:702名(市場調査業界以外に従事していると回答した人を除いた回答者を集計対象とした)
※従業員規模や立場等にあわせたウェイト集計はしていない点はご了承ください
<回答者属性の概要>
- 立場・役職:経営・役員が5%、一般社員・専門職が69%、管理職が22%
- 従業員規模:100人以下が21%、101-500人が27%、501人以上が51%
- 性別・年齢:男女比は約半々、男女とも30代が最多だが、20代から50代以上の各年代から回答を得ている
- 業界従事年数:5年未満が35%、5〜10年未満が22%、10年以上が44%
※結果の解釈にあたって、回答者の「経営・役員」層は、従業員規模50人未満の企業に、管理職・一般層は101人以上(特に501人以上)に多いことにご留意ください
- 対応業務:「分析・レポート作成」「実査企画」「調査票集計」が40%以上、「営業」「集計」「実査管理・オペレーション」が30〜40%程度
アンケート結果の中から、この座談会では、「リサーチャー個人の意識とキャリア」「マーケティング・リサーチ業界の未来像」という2つのトピックを取り出し、それぞれについて意見を交わしました。このレポートでは、三役のメッセージをダイジェストでお届けします。登壇者は次のとおりです。
- 五十嵐 幹氏(JMRA会長、株式会社クロス・マーケティンググループ 代表取締役社長兼CEO)
- 佐々木 徹氏(JMRA副会長、株式会社マクロミル 取締役兼代表執行役社長CEO)
- 鈴木 文雄氏(JMRA副会長、株式会社日本リサーチセンター 取締役・営業企画本部長)
- 高山 佳子氏(JMRA副会長、株式会社インテージ 取締役執行役員)
なお、本セッションは、トランスコスモス・アナリティクス株式会社 エグゼクティブフェローの萩原 雅之氏が司会を務めました(以下、登壇者名は敬称略)。
「リサーチャー個人の意識とキャリア」をめぐって
「リサーチャー個人の意識とキャリア」については、次のような論点がありました。
<アンケート結果の概要>
- 業界には、専門性・スキルを身につけ、成長したいという人は多い。
- 一方で、会社の将来性や自分の成長には期待とギャップや不安もみられる。
- AIなど技術進化へのキャッチアップ、棲み分けの必要性を感じている。
<アンケート結果を踏まえた論点>
- リサーチャーのスキルやキャリアは今後どう変わるか。
- 葛藤や不安を払拭するために会社や業界ができることは何か。
五十嵐:
給与や待遇へのギャップについては、リサーチ業界特有ではなく、労働者と経営者の関係全般に言えることではないか。会社をつくって今年で21年になるが、残業時間も減り、給与が下がったことは一度もないものの、不満を感じる声があることは変わらない。
産業の付加価値は、一人だけで成果が出るものではない。チームとしてマーケティング課題に対応するには、多様な人材が必要。多様な人材によるチームが機能すれば、色々な経験ができて個人も成長できる。そうすれば仕事の規模も広がり、会社や業界全体として付加価値が増え、結果として給与も増えていく。
リサーチ業界が低付加価値と言われる背景には、仕事の20%はものすごく価値のあるものを提供している一方で、残りの80%が作業であることが挙げられる。この価値ある20%を増やすために、DX化は重要であると考えている。
DX化とともに「リサーチャー×AI」について、クライアント視点での新たな定義づけが必要になる。ただし、このことは従来のリサーチを捨てるという話ではなく、リサーチ業界やリサーチャーがもつ色々な要素や価値を再構築し、新たなリサーチャー像を定義していけたらよいのではないか。
佐々木:
このアンケート結果は、会社で行なっている従業員満足度調査とほとんど変わらない印象。
リサーチ業界には、分析や設計など、データから与件を整理して解を導く稀有なスキルを持ったリサーチャーをはじめ、本当に優秀な人が多く、これだけマーケティングに真摯に向き合っている方々と日々コミュニケーションとれるのはこの業界だけだと認識している。
一方で、専門性を有している人材が業界から流出しているという課題もある。既存のマーケティング・リサーチの定義だけでなく、データ分析や目利きができることがどのようなバリューにつながっているのかを、業界として言語化していく必要があるのではないか。
高山:
給与や待遇については、リサーチ業界に限らない話である一方、専門性や成長へのギャップが生まれているのは、この業界が専門知識や技術力を身につけ成長できる環境であるべきであるがゆえに悔しい。なんとかしたい。
昔からリサーチ業界にいる人間として振り返ると、キャリアイメージを棚卸して言語化することをしてこなかったという反省がある。特に、データを活用できることが、お客様にとってどのような価値を提供できるのかについて、言語化していかなければならない。
ちなみに、昨今話題のAIは、リサーチャーと相性がいいと捉えている。問いを立て、それを深める点では、相手が生活者であれAIであれ変わらない。さらにそこで出てきたデータを基に、リサーチャーは再構築することもできる。AIもうまく活用しながら作業時間を節約して、業界やリサーチを再定義するなど、新しい未来のために時間をいかしていきたい。
鈴木:
会社の将来性や自分の成長にギャップが生まれている一因には、コミュニケーション不足があるのではないかと思われる。
振り返ると、インターネット調査の黎明期には、学術系と現場のリサーチャーをめぐる議論があったが、一気にスピードアップして、一つの手法としてインターネット・リサーチが洗練されていった。その背景には、若い人たちの原動力がある。生成AIなどが注目を集めているこれからの時代も、若い人たちの力は欠かせない。今後は、若い人たちに向けてという意味でも、「10年後にリサーチをするとはどういうことか」について、リサーチスキルだけでなく、生成AIとの関係も含めて、定義づけていくことが必要だと感じている。
また、別の視点で、官公庁や自治体などでは、国勢調査などに代表されるオフライン調査を行っているが、昨今は闇バイトなどの影響で、訪問留置調査に対する高齢者の拒否感が大きくなっており、戸別訪問が今後実施できるのかという課題も出ている。こうした社会環境の変化も含めて、リサーチ業界を再定義していく必要があるのではないか。
「マーケティング・リサーチ業界の未来像」について
「マーケティング・リサーチ業界の未来像」については、次のような論点がありました。
<アンケート結果の概要>
- 働き方・技術対応・教育など、給与以外は業界各社の対応を概ね評価
- 一方で、市場調査業界の停滞を感じて、転職を考える若手は少なくない
- 作業請負、下請けなどのイメージが残る業界全体の地位向上へ期待
<アンケート結果を踏まえた論点>
- 私たちの業界がお客様に提供すべき価値とは何か
- 業界の競争力を高め、魅力を高めるために何が必要か
高山:
転職志望者、特に業界外への転職が多いというのは、確かに業界としては課題であり残念でもある。一方で、リサーチスキルやデータに価値があるという信念を持った方が業界外に増えていること自体は、リサーチ業界にとってプラスの側面もあるのではないか。
下請けについては、ただ言われたことをやっているだけでは、そのように言われても仕方がないのは確か。我々は何のプロであるかを言語化をして、胸を張れるスキルを勉強して身につけないといけない。
かつて、日本のマーケティングの歴史が浅い頃は、お客様に新しい価値を提供する立場に立てたが、現在はお客様も勉強されている。そういう状況で渡り合っていくためには、我々も生半可でない勉強が必要になる。
我々リサーチャーは生活者ばかりに目が向きがちな一方で、コンサル業界の人たちはクライアント視点に立っている。生活者視点は無くしてはいけないが、リサーチャーもお客様に対する視点を忘れず、先んじてアクションをとっていかねばならないのではないか。
五十嵐:
「リサーチャー個人の意識とキャリア」の結果と同様、業界外への転職や下請けのイメージについては、リサーチ業界に限らず、BtoBの領域の仕事はそもそもそのような構造になりやすい。こうした環境の中で、付加価値を出し、業界全体の売上や産業規模を上げて、新たな機会創出をしていきたい。そのためにも、従来の業界の定義づけを変え、産業ビジョンもアップデートするなど、成長市場へと矢印を向けていきたい。
リサーチ業界とコンサル業界との唯一の違いは、リサーチ業界は(プロフェッショナルではなく)「スペシャリスト」であるのに対して、コンサル業界は「プロフェッショナル」である点。ここでいうプロフェッショナルとは、財務諸表が読めるなど経営畑の話や、経営に直結する提案ができ、高い付加価値をもたらすことができる存在のこと。
例えば「リサーチコンサル」「マーケコンサル」など、リサーチの概念を拡張していくことで、より高い付加価値を提供できるプロフェッショナルになっていけるのではないか。経営陣含めて業界がその定義づけをし、業界やリサーチの価値を強調していきたい。そのためにも、AIを活用しながら、人がより付加価値の高いこと、すなわちスペシャリストからプロフェッショナルへの道をどうつくるかについて、対話しながら協働していきたい。
佐々木:
経営視点でコンサルを使う理由は、「何を投げ込んでも絶対返ってくる」から。自分が迷っている時には客観的な壁打ち相手もしてもらえる。これがコンサルの本質的な価値であると考えている。
だからと言って、リサーチャーは、コンサルと同じようなファイナンシャルやITやエンジニアなどの全ての知識を引き受ける必要はない。そこはプロに任せる潔さも必要。その分、データやマーケティングフィールドにおいては、そのポジションにおけるプロフェッショナルで絶対あって欲しい。
現状のリサーチャーは、優秀であるのに自信がない方が多い印象を受ける。与件をいただいた時に「本当にその与件が正しいのか」を問い直して、お客様とディスカッションをする能力やスキルを持っているのに、そこまでやりきれていないのではないか。やりきれない理由は、時間的制約や、対話した後に収拾がつかなくなるリスクへの恐れなど様々だと思うが非常にもったいないと感じている。
ではどうすればよいか。まずできるのは、AIやテクノロジーを活用して、オートメーションにより生産性を高め、スピードを圧倒的に上げていくこと。それだけでも短期的な価値となる。
次に中長期的な視点で、単にコンサルを真似るのではなく、「パートナーとしてお客様へどのような価値提供やコミットメントができるのか」を明文化し、打ち出していくこと。そのためも、各社だけでなく業界全体で連携をしながら、新たな未来像を描いていきたい。

「マーケティング・リサーチ業界のこれまでとこれからを見据えた座談会」は、最後にたくさんの質疑応答が交わされ、盛況のうちに終了しました。
なお、JMRAは、2025年に設立50周年を迎えます。2025年10月2日(木)に、50周年を記念したカンファレンスを、明治記念館(東京都・港区)で開催することが決定いたしました。詳細につきましては、続報をお待ちください。
2025.2.18掲載