開催報告:レイ・ポインター氏によるリサーチ業務を自動化するAI活用ワークショップ(2026.06.02)
教育研修委員会|定性教育部会 委員長 吉田朋子
ほぼ恒例となりつつある標記セミナーが、今年も開催されました。
レイ・ポインター氏は、Esomarの前プレジデントであり、リサーチ/インサイト業界のグローバルリーダーとして長く業界をけん引している、この分野の世界的な第一人者です。AIがまだ漠然と人々の話題に上がり始めたころから、いちはやくリサーチにおけるAI活用の可能性に着目し、その価値や有効な活用について、世界中のリサーチャーに発信し続けています。
日本(JMRA)でのセミナーも今年で4年目となりましたが、今回は特に盛況で、JMRAの会議室はほぼ満席となりました。受講生は持参のパソコンで生成AIを動かしながら、AIからの回答を隣同士で見比べて確認し合ったり、自分の画面と前方モニターの画面を見比べて、AIやモデルによる回答の微妙な違いに驚いたりしていました。積極的な質疑応答や意見交換も随所で行われ、活気に満ちた一日研修となりました。
写真:会場の様子。レイ・ポインター氏のレクチャーは英語で行われましたが、ポケトークにより、ほぼリアルタイムで日本語訳がモニターに映し出されました。時間が経つにつれ訳文も自然になっていく様子に、AIの進化を実感しました。
ここ2-3年、AIがぐっと身近な存在になり、関連した研修の告知を見ない日はありません。このような環境の中で行われた今回のセミナーは、次の点で一般的なAI研修とは一線を画していたといえるでしょう。
●マーケティング・リサーチ現場に徹底的に寄り添ったワークショップ。
事業会社内でのリサーチ案件浮上に始まり、リサーチエージェンシーへのブリーフィングや見積り依頼、企画書、提案書、調査票、インタビューフロー、分析、インサイト抽出、プレゼンテーションにいたるまで、現場のワークフローに沿って進められたため、受講生は、日々の業務で直接活かすヒントを持ち帰ることができたと思います。
●ハンズオン形式で、手を動かし、カラダで体験したワークショップ。
研修用データを持参のPCに取り込み、各自AIに読み込ませて、プロンプトを入れながら進行するハンズオン形式の研修でした。そのため、自らの現場で業務を効率化自動化させる手ごたえを感じることができたと思います。また、スタッフによるAIとのチャット画面がモニターで映し出されていたので、生成AIの扱いに慣れていない受講生にも抵抗なく体験ができたと思います。
当記事では、プログラム概要や質疑応答の内容、さらに、講師や受講生のサポート兼通訳を担当したスタッフとしての所感をシェアさせていただきます。筆者自身、運営スタッフでありながら、いちリサーチャーとして学ぶところ、業務に活かそうと誓ったことが大いにあったのは言うまでもありません。
現場のワークフローに合わせたAI活用の演習を中心としたプログラム構成
演習内容を『取り込んだデータ』『プロンプトおよび続くAIとのチャット』『成果物』を中心にご紹介します。研修素材として、架空のホテルの顧客満足度調査案件を設定し、クライアントが抱える課題の浮上から、最終プレゼンテーションまでの一連のワークフローに沿って演習を進めました。アップロードデータやプロンプトテキストが適宜用意されていたので、受講生はスムーズに一連の作業を進めることができたと思います。また、受講生は、ChatGPT、Gemini、Claudeなど、普段馴染んでいるものを各自使用したので、互いを共有し合うことにより、モデルによる微妙な違いに気づいたのも貴重な経験でした。
1.
事業会社内でのやりとりの記録(社内メールや共有資料など)をアップロードしてAIに読み込ませ、プロンプトを入れて、AIに“課題の整理”をさせ、一連のやりとりをベースに“リサーチブリーフ”を作成させる。
2.
受注したリサーチ会社の側に立ち、『リサーチブリーフ』、『企画書』、『クライアントから受けた背景情報』などをアップロード、AIに読み込ませて、“調査目的に沿った調査票やインタビューフロー”のドラフトを作成させる。
3.
今時点の『調査票』や『フロー』が、調査課題に応えているか、過不足がないか“AIにレビューさせ、ブラッシュアップ”させる。
4.
『調査票』『サーベイデータ(CSVなどで)』をアップロードさせ、データの読み込みと精査をさせる。本人(ヒト)のチェックを経て、AIに集計表を作成させる。いちどヒトが読み込み、必要に応じて追加集計を指示。
5.
『OA』や、『インタビュー発言録』などの定性ローデータを読み込ませ、構造化したり、ワードクラウドで視覚化させたりする。
6.
これまで得られた作業結果に加え、そもそもの『調査背景』、『企画書』なども合わせてアップロードし、調査目的に適ったインサイトの抽出や、ストーリーメイクを指示する。
7.
総合分析、結論、リコメンデーションなどのプレゼンテーション素材を作成する。各部署の現場担当から経営陣まで、共有相手のレベル感に合わせて、報告や可視化のスタイルを明示し、しかるべく作成させる。
体験を経て生じた疑問や学び
このように一連のフローに則って疑似体験したことにより、新たに芽生えた疑問や、学びをご紹介していきましょう。
●クライアントや案件特有の仕様にするためにスタイルガイドが有効である。
受講生の中には、演習の序盤から、『これでできるものは一般的なものであって、自分たちが抱えている細かなクライアントの独自仕様などに合わせるために結局は手作業の負担が残るのではないだろうか』という“もやもや”を感じていた人も少なくなかったと思います。例えば、クライアント特有の表現、5段階評価の順序やワーディング、ニュートラルの扱いなどです。そのような細かい注文事項は、『スタイルガイド』を作成して一緒に読み込ませておけば、AIは、それらの細かい仕様を守った成果物(企画書、調査票など)を返してきます。このスタイルガイドがあれば、案件ごとの細かい仕様に応えられるだけでなく、同じクライアントで一貫性を担保できます。
「回答選択肢の表示順をランダマイズできるか」「回答による設問の『飛び』を設けられるか?」という大変具体的な質問が出ましたが、それらもスタイルガイドで指示しておけば可能です。
●作成だけでなく、レビュー&ブラッシュアップにこそAIを活用すべき。違う生成AIだと尚良い。
AIと壁打ちをしながら作成した調査票を、もういちどアップロードして、AI にはレビュアーの役割を与えます。この時、違うモデル(ex. ChatGPTで作ったものをGemini にレビューさせる)を使うことでレビューに新しい視点が加わり、より多角的になります。AI に「作らせっぱなしにしない」という基本態度を再確認するとともに、微修正でAI を賢く活用することは、新鮮な発見でした。
●プロンプトはやるべき役割を明確にするだけでなく、『やらないこと』の規定も大事。
R.A.C.E (Role/役割、Action/アクション, Context/背景・文脈, Expectation/何が期待されているか)が、プロンプト作成の基本ですが、その時、「やってほしいのはここまでで、それ以上は必要ない!」と、釘をさすことの重要性を体験しました。AIは、指示が曖昧だと必要以上に情報を広げてしまうことがあるので、不確か/間違いなども含めた情報過多になることをあらかじめ防いでおくことは大切です。
●AGENTが自動化をさらに加速する。だがAGENTを監督するのは人間である。
AGENTの作成も体験しました。AGENT を作成すれば、AI をアシスタントとしてさらに効率よく使うことができます。AGENTとは、プロンプトをいちいち入れなくてもタスク全体を理解し、流れまで把握して実行する有能な助手です。ただし、これは魔法の杖ではありません。たとえばサーベイデータに対して、
データチェックAgent →人間が確認→データエクスプロア(さらに読みこむ)Agent → 人間が確認 → ストーリーファインディング (データからストーリーをみつける)Agent → 人間が確認 → レポーティングAgent
などというように、
主要なフェイズごとに、人間がチェック
することが重要です。すべてのタスクを一括させたAgent は、何か不具合が出てきたときに、どこで生じた間違いなのかが把握できないからです。

次のステージへ
生成AIは目まぐるしい速度で進化しています。研修終盤では、そろそろ実現されつつある次のステージの紹介がありました。例えば次のようなことです。
●Skills:AIに専門技術を習得させたり、テンプレートを覚えさせたりして、作業品質を向上させ、同時に、異なるAGENTを跨いでその高品質を担保する
●Vibe Coding:コードではなく自然言語でAIにアプリをつくらせる
●AIが社内情報ファイルにアクセスして必要な情報を取り出すようにする(これで自動化を加速)
●Browser/computer-use agents:AIがブラウザやPC画面を操作して作業を進める
このようなことがすぐそこまで来ているということだと思います。レイ・ポインター氏によるAIによるリサーチ業務自動化の研修も、1年後はこれらのことを実際に動かすものになっているかもしれません、周知のスキルになっているのかもしれません。
どのような進化があるにせよ、業務を正しく進めるために、人間が考え、判断していく、その判断力が必要なことは変わらないばかりか、より一層その重要性が増してくるのだと思います。
最後に、研修の終わりの氏の言葉をここで引用させて報告記事を終わりにしたいと思います。
“
AI helps you, but the researcher remains responsible. Use AI to do the repetitive work faster, so researchers have more time for thinking.
AIはリサーチャーを強力に支援するが責任は常にリサーチャー側にあることを忘れるな。反復仕事でAIをうまく使い、責任もって考える時間を確保しよう。
”
ご参加くださった皆様、そして、こちらを読んでくださった皆様、ありがとうございました。