執筆:インターネット調査品質委員会
委員長 村上 智章
今、インターネット調査の基盤が大きく揺らいでいる。その根幹にあるのは、「モニター」、すなわち調査に協力するパネルの存在である。
ネットリサーチにおけるモニターは、調査会社が自ら募集し、日々のメンテナンスを行っている。問い合わせ対応、謝礼ポイントの処理、不正回答の検知など、その業務は多岐にわたる。モニターの管理は、調査品質を支える土台でありながら、社内でも十分に理解・評価されていないのが現状である。
こうした課題意識のもと、2025年1月、主要調査会社のモニター管理者による座談会を開催し、各社の共通課題と改善策について意見を交わした。その結果、モニター離れをはじめとする構造的な問題が数多く浮き彫りになり、インターネット調査の信頼性そのものを揺るがしかねない深刻な実態が明らかとなった。本稿では、その現場の声をもとに、調査の未来に向けた改革の方向性を提言する。
1. パネル品質に関する現状認識
1-1. 若者のリサーチ離れは全ての調査会社が抱える共通課題
座談会の最初で全員から共感を得た内容は、10〜20代モニターの著しい離脱傾向、そして募集しても集まらないという問題である。彼らにとって、アンケートは「報酬が少なく、時間がかかる」──すなわち“タイパが悪い”活動として忌避されている。
SNSや動画視聴など、即時性の高いコンテンツに慣れたスマホネイティブ世代にとって、煩雑で時間のかかる調査は苦痛以外の何物でもない。また、他業種のポイ活アプリの台頭により、アンケートは「効率の悪いポイ活」として相対的な魅力度が低下している。
さらに、質問が長く、分かりにくく、マトリクス設問を多用する旧態依然とした調査設計も、若年層の離脱を加速させている。回答者視点を欠いた設計は、調査そのものの魅力を損ねている。調査会社のリサーチャーが、「企業の聞きたいこと」を優先し、回答者視点の設計をおろそかにしてきたツケが、今まさに表面化している。
1.2. “安く・早く・多く”の裏で進む品質の崩壊
“品質に無関心”なクライアント企業の増加という問題もある。全てのクライアント企業に当てはまるわけではないが、目標回収数の達成や納期遵守にばかり目を向け、調査の質やモニターの状態には無関心である。「調査画面を作成すれば、週明けにはデータが納品される」というルーティン業務としての意識が、調査の本質を曇らせている。
その一方、調査会社は限られたコストの中でより多くの設問を詰め込むようられており、パズルのように見積枠の質問数の中に収めこむような調査設計となっている。これでは、回答しやすい調査票とは程遠くなる。
営業の現場では、当たり前のように「安価でたくさん聞ける」調査を提案してしまっている。各社のモニター管理者は揃って、これがモニターの回答負荷を増やして品質の低下を引き起こしていると嘆いていた。
2. 今後に向けた提言・取り組み案
2-1. モニターとの関係性の再構築
インターネット調査を“データ回収の手段“として捉える人は、モニターがどのような気持ちで回答しているかという想像力が欠けている。モニターは単なる回答対象ではなく、価値あるデータを提供してくれる“協力者”と捉え直すべきであるという意見があった。
ー2020年に改訂した「インターネット調査品質ガイドライン」の中で“調査協力者を大切にする”を掲げているが、現場にはあまり浸透していない。もっと調査の意義が伝わるガイドラインの策定、調査結果がどのように活用されたかのフィードバック、調査に協力してくれることへの感謝の提供などが有効そうだ。
2-2. モニター視点を踏まえたUX改善と調査設計の連携
各調査会社は、スマホUIに対応した調査画面のシステムを既に開発済みである。しかし、せっかくスマホ対応したにも関わらず、そこで依頼さえる調査はPC仕様で設計されたままである。特に定点調査の場合、「調査票の内容を変えてはいけない」という通説のような呪縛が存在する。
モニター管理者視点から、モニターのモチベーション向上のためには、調査票を設計するリサーチャーやクライアントに調査票をシンプルにしてもらわないと困るという意見が多かった。
単なるUIの改良で終わるのではなく、モニターが実際に回答したときの顧客体験UXを改善しなければ片手落ちである。そのためには選択肢数の制限、マトリクス設問のサイズ縮小、質問文の短縮(丁寧語、長すぎる注釈文の廃止)等の指針となる、JMRAとして業界標準的な道標を作成してほしいという要望があった。
2-3. 調査品質を支える共通ルールと実務での活用
調査会社は各社ごとに、設問カウント方法や謝礼基準が異なる。モニターの負担と報酬のバランスが取れていない。いずれかの調査会社でモニターが低謝礼が原因で退会してしまうと、他社を含めて二度とモニター登録しない可能性がたかくなるだろう。
このようにモニターの保持は調査業界全体として取り組むべき課題であり、回答負荷に応じて最低限支払うべき謝礼ポイントの最低水準の共通ルールが必要であるという意見があった。言うまでもなく、昨今の世の中の最低時給は軒並み上昇している。それに応じてもモニターの回答に対する対価も業界全体できちんと見直す体制が必要であろう。
2-4. ガイドライン改訂への反映と活用促進
先述の2-1でも触れたとおり、JMRAがかつて策定した「インターネット調査品質ガイドライン」は、現場において形骸化しつつある。調査会社内部では属人的な対応に依存しがちであり、クライアント側でもその存在や内容が十分に認知・活用されていないのが実情だ。
そのため、ガイドラインの内容をより実務に即して分かりやすく再構成し、最新の実態を踏まえて改訂すべきだという声が座談会でも多く挙がった。
さらに、リサーチャーやクライアントが作成した調査票に対して、ガイドラインに基づく品質評価を実施し、一定基準を下回る場合には調査の実施を保留し、設計の見直しを求める仕組みを導入できれば、モニターの負担軽減と離脱抑制につながる可能性が高い。
ガイドラインを単なる理念ではなく、実装可能な「運用ルール」として再構築することが求められている。
3. インターネット調査の分岐点 ―いま現場が変わらなければ
本座談会では、こうした現場の危機感が共有され、個社単位での対応には限界があること、そして業界全体での連携と改革が不可欠であるという認識が改めて確認された。これらの知見を今後の改善活動に活かすため、インターネット調査品質委員会では「インターネット調査品質ガイドライン」の改訂作業への反映を進めていく。
特に、若年層の離脱や調査設計に対するモニターの不満、謝礼や品質への配慮不足といった問題は、一企業の努力だけでは解決が難しい。調査への信頼を維持するためには、モニターとの関係性の再構築に加えて、パネル品質に対する業界全体での認識共有と協調した取り組みが不可欠である。
この変革には当然ながら大きな抵抗も伴う。しかし、現状を放置すれば、インターネット調査は社会的信頼を失い、崩壊の道を歩むことになるだろう。日本から「まともなリサーチ」が失われる前に、調査業界全体が悪しき慣習を断ち切り、新たな品質文化を築いていくべきである。
~謝辞~
本座談会の内容整理にあたっては、モデレーターを担当してくださいました(株)消費者行動研究所の中野陽子氏に大変ご尽力をいただきました。
また実施にあたり、(株)スガタリサーチの座談会会場をご提供いただきました。
この座談会の分析のために(株)はてなの生成AIを活用した発話分析ツール「toitta」を利用する機会をいただきました。
インターネット調査品質委員会の活動に協力してくださった皆様に深く感謝申し上げます。
掲載日:2025年6月17日