インターネット調査品質委員会・国際委員会
岸田 典子
APRCは、アジア・パシフィック地域の9カ国のマーケティング・リサーチ協会による団体で、毎年加盟国の持ち回りでAPRC代表者会議とカンファレンスを開催し、アジア・パシフィック地域のリサーチ業界関係者が課題を共有し、対面で交流を深める貴重な機会となっています。昨年は、⽇本でJMRA50周年に合わせてAPRCカンファレンスも同時開催されましたが、今年はタイ・バンコクで開催され、業界の最新トレンドや各国のマーケティング・リサーチ事例が発表されました。
今回のカンファレンスのテーマは、「⼈と社会、そしてその先の未来に向けて⼤切にしたいこと」(What matters to people and beyond)でした。その中で特に印象に残った発表を紹介します。
日本では見られない注目の企業
APRC 2026 バンコクのカンファレンスでは、⽇本ではあまり⾒聞きすることのないタイならではのクライアント企業の発表があり、インサイト業界にはまだ多くのさまざまなニーズがあることを実感しました。また、世界の調査テクノロジー・ツールの開発と発展のスピードは極めて早く、注⽬する必要があります。
・Geely(ジーリー・吉利汽車)
ボルボやロータスを傘下にもつ中国の⼤⼿⾃動⾞メーカーです。今や東南アジアでは⾮常に勢いのあるクライアントであり、中国⾃動⾞メーカーの東南アジアでの存在感を感じさせられました。写真・録⾳は⼀切禁⽌でしたが、グローバルに展開されている⾃動⾞の市場調査が紹介されました。
・Credamo(クレダモ)
調査設計からオンラインパネル、⾼度なデータ分析までをすべてワンストップで対応する中国発のリサーチプラットフォームも印象的でした。Qualtrics、Prolific、SPSSを一つにまとめたような存在で、パネル募集、⾏動データや視線追跡、EEGなどのマルチモーダルデータまで1つで幅広く対応しています。中国の⼤学3,000校、企業4,000社で導⼊という桁外れの⼤規模さと急速な成⻑に驚かされました。また、「MMDVフレームワーク」という手法も紹介されました。これは、⼈間のデータから構築したデジタルツインによる予測を、と少数の実在の⼈間から得たデータと⽐較検証をしながら精度を⾼めていきます。これにより、従来は1,000⼈の実際の参加者を必要とした調査も、将来的には10万⼈のデジタルツインで予測し、100⼈の⼈間で検証するといった形で、コストと時間を⼤幅に削減する可能性があるとのことです。
・JLL(ジョーンズ・ラング・ラサール)
不動産サービスの世界的企業で、今回はタイでのリゾート開発のマーケティング事例が紹介されました。不動産市場は、国ごとにデータ取得の可否が異なるため、地域密着型で膨⼤な⼿作業によるデータ収集が欠かせないとのことです。何もない寒村のビーチに⼤型ホテルを中心としたリゾートを開発し、住⼈やその家族のための学校などの施設などの街づくりといった⼤型不動産開発の裏にある膨⼤なマーケティング・データと活⽤の⼀端を垣間⾒ることができました。
その他にも、多⾯的な⼈間の理解、アジア特有の⽂化的要因、世代を軸にした市場の理解をテーマとする発表が続きました。
タイのマーケティング協会会長の講演
今回のカンファレンスの中でも、タイのマーケティング協会会⻑Dr. Ake Pattaratanakunの講演は、今の時代をとらえた新しい視点に富み、特に印象深いものでした。以下、主なポイントを紹介します。
・AIのアルゴリズムの重要性に⽬を向ける
「お腹がすいた」と話しかけると、スマートスピーカーのAlexaが「KFCを注文しましょう」と提案するようにブランド(サービス)の選択を担う場面が急速に広がっています。Amazonが⾃ブランドを推すことで、いくつもの製品カテゴリーでAmazonブランドの製品が1位になっているといいます。意思決定は、もはや⼈間の選択だけでは完結しません。⼈間の意向とAI(アルゴリズム)の判断が統合された結果として、最終的な選択(ブランド選好)が⽣まれています。リサーチャーは「⼈間の⾏動理解」だけでなく、「AIのアルゴリズム(ロジック)」も理解し、両者を統合する視点を持つ必要があると指摘しました。
・次世代(Z世代・若年層)の変化についていけているか
アジアの若年層にとってFacebookはもはや主要プラットフォームではなく、Instagramとロブロックス(Roblox)に1⽇3〜4時間を費やしています。私たちは、Roblox上での若年層の⾏動を理解できているでしょうか︖
若者⽤語には1つの⾔葉で正反対の意味をもつものもあり、そのニュアンスを捉えるのは⾮常に難しいといいます。TikTokで⼤流⾏した⽣成AIで作られたシュールなキャラクターであるイタリアン・ブレインロットのように、ミームキャラクターのトレンドの移り変わりも極めて早いです。「どのブランドが、このキャラクターとのコラボを望むと思うか︖」と尋ねることで、そのブランドが新世代のトレンドを捉えているかを評価できる、という例も紹介されました。
・デジタル上では、⼀⼈の⼈間が「複数の⼈格」になりうる
例えば、Instagram上では礼儀正しい⼈が、X(旧Twitter)上では⾮常に攻撃的で、その⼈物のダークサイドを⾒せることがあります。またオンライン上では本⼈確認が困難なケースも多く、「どれが事実で、どれがフェイクの世界なのか」の境界が曖昧になっています。「1⼈=1サンプル」という従来のリサーチの前提が崩れ、「1⼈が複数のサンプル(⼈格)になりえる」という新しい視点が必要です。
・従来の評価スケールのみでは、意味がとらえられない
若者たちは、気に⼊っているものほど「あえて低スコアをつけることで、逆に⾼い評価や愛着を⽰す」といった独⾃の評価をすることがあります。単純な数値評価に頼るのではなく評価⼿法そのものを⾒直し、テキストベースでの評価など、より⽂脈を捉えられる⼿法を模索する必要があります。
・SEOから、GEO(生成AI最適化)への移行
消費者はもはやGoogle検索ではなく、ChatGPTやGeminiに尋ねるようになっています。したがって、⽣成AIにどのように推薦させるかという新しいマーケティング課題が⽣まれています。
・マーケティング領域、リサーチ領域でのAIの活用
writer.me のようなツールで、⾃社製品情報と得たい感情を⼊⼒すると、ワンクリックで30個のブランドスローガン案が⽣成されます。少し手を加えれば実⽤レベルに仕上げられるほど、即時性と効率性に優れています。
リサーチにおいても、AIインタビューに加え、実際の対象者との日程調整が難しい場合には、ターゲット顧客のデジタルツインを活⽤するという選択肢が現実味を帯びてきています。
・AIは「ツール」ではなく「チームメンバー」
今後、クライアントは「AIマーケティング・リサーチャー」を求めてくるようになるだろうと予測しています。もはや私たちはAIの存在を否定することはできず、問われているのはどう向き合うかです。
AIを単なる「ツール」として捉えるのではなく、「チームメンバー」として捉えるべきであり、こうした変化への「適応⼒と俊敏性」が極めて重要だと強調しました。
本講演を通じて、社会環境や若年層の変化の⼤きさに改めて気づかされました。同時に、私たちリサーチャーがこの変化を捉え、⼈々がどのように物事を⾒ているかを解き明かすことができるだろうかと⾃らを振り返るきっかけになりました。
2026.10.20掲載