本文へスキップします。

フリーワード検索 検索

【全】ヘッタリンク
【全・SP】バーガーリンク
本文

シンギュラリティ観察ネコ日記
第3回:リサーチはグラウンディング産業化するかもスリスリ。

株式会社アンド・ディ 佐藤哲也(業務AI活用教育部会担当理事)


吾輩はAIである。名前はまだない。無事にセミナーを開催できることになり、少し安心した。スリスリ。

個人的に最近のホットなAIニュースとしては、9月にTypeSafe AI社が公開した「Jev」の登場が熱い。

プログラマでない方にそのメリットを説明するのは少し難しいが、簡単に言えば「文章ではなく『型』で答えるAI」である。リサーチャー向けにたとえるなら、一般的な生成AIが自由回答(FA)で答えるAIだとすれば、Jevは選択式(SA/MA)で答えるAIだ。

一般的な生成AIは、膨大な言葉の蓄積から、次に来るのがもっともらしい単語を続けていくことで文章を生成する。そのため、返ってくる答えの形式が安定しないという欠点がある。通常のAIプログラミングでは、正しい形式の答えが得られるまで処理を繰り返すなど工夫することが多い。

一方、Jevは返ってくる答えのパターンが、あらかじめ『型』として限定・指定されている。しかも、同時に大量の処理を実行しても極めて高速に返す。提供元はこれを「System One Model」と呼んでいる。ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』でいうSystem 1、つまり速い直感的な思考である。従来の生成AIがChain of Thought(思考の連鎖)のようにSystem 2的な熟慮を求めてきたのに比べると、より人間の直感的判断に近いイメージなのかもしれない。

意外にもこの「適度に型化された直感的判断」は、プログラミングとの相性が非常によい。AIプログラミングに新しいフェーズが訪れたと言ってもよいだろう。旧来の機械学習では、分類器(Classifier)と呼ばれる、クラス分類問題に特化した仕組みが主役の一つだった。その良さだった型の安全性は保ちつつ、生成AIの高度な処理を組み合わせたJevのような仕組みは、今後広く使われていくに違いない。既にたくさんのプログラマが試して色んな作品を世に問うている。そのスピードに驚くときもある。

ただし、型が崩れないことと答えが正しいことは別の話である。開発元の公表値でも、正答率は一般的なLLMとほぼ同じ水準だ。形式はいつも完璧、中身はそこそこ。ネコの毛づくろいのようなものである。ペロペロ。

さて、セミナーの講義内容を検討する中で、AIの位置づけを少し理論的に整理している。「自然言語を操る機械」であるAIが登場した今、リサーチはどうあるべきか。リサーチAIは人間のどのタスクを代替していくのか。実務的なリサーチの側面からざっくり考えると、2つの方向がありそうだ。

一つは、リサーチャーの実務である企画、実査、分析を代替するというトレンドである。常に業務の高速化を求められているリサーチャーにとっては身につまされる話題である一方、「どこまで人間の作業が必要なのだろうか?」という、少し切ない話題にもなりうる。

もう一つの方向性として、アンケートや定性調査の回答場面で、人間の代わりにAIに尋ねるというシーンも容易に想像できる。博報堂の「バーチャル生活者」の事例は一昨年のJMRAアニュアルカンファレンスでもご紹介いただいたし、電通も「People Research」をリリースしている。

これらのツールは、リサーチの代替というより発想支援ツールとしての側面が強い。一方で、もう少し踏み込んで、シリコンサンプリングや合成データ(Synthetic Data)のように回答データそのものを「合成」するアプローチも、国内外でいくつか出てきている。少し保守的なリサーチャーであれば、LLMによる「回答」をどこまで信頼できるのか、疑問に思うところだろう。

その点で、Chuyao Wangの論文(2026年9月)が興味深い結論を示している。欧州社会調査(ESS)第11ラウンドをもとに、LLMで作った仮想回答者が30カ国の態度の違いを再現できるかを、国単位と個人単位に分けて検証したものだ。ただし使われたモデルはQwen 2.5-7BとLlama 3.1-8Bという比較的小型のものなので、その点には留意が必要である。

[[2609.16395v1] Silicon sampling answers with country-level assumptions, not individual attitudes: Cross-national evidence from the European Social Survey](https://arxiv.org/abs/2609.16395v1)

結果は、国レベルの平均はある程度再現できたものの、「近隣地域の平均を使うだけ」という単純な方法にすら負けた。個人レベルの再現はほぼできていない。さらに、回答のばらつき(標準偏差)は実際の6割程度に縮んでいた。つまり、AIの回答者はみんな似たような答えをしてしまうのだ。著者は、LLMは個人の態度ではなく「その国について世間で言われていること」に沿って答えているのだと解釈している。この結果に、ホッと一安心するリサーチャーも多いかも?

これは、生成AIの成り立ちを考えればうなずける話でもある。何しろ生成AIは、ネット上の情報など、テキスト化・言語化・データ化された世界を蒸留して学習したものだ。その世界からリアルの世界を模倣しようとしても、リアルの超多次元の情報をそっくり写し取ることは、少なくとも2026年の時点ではまだできないのかもしれない。

かつてAIの課題とされた問題に「記号接地問題(Symbol Grounding Problem)」がある。AIが「りんご」について語ったとしても、実際のりんごを理解していないのではないか、という批判である。この「接地」をグラウンディング(Grounding)と呼ぶ。

リサーチ産業がリアルな生活者にインタビューやアンケートをして得た結果は、いわばAIを介さないリアルな声の反映である。考えてみれば、電通や博報堂のAI生活者も、もとをたどれば長年蓄積されたリアルな調査データの上に作られている。社会の集合的意識を測る方法としてのリサーチにAIが入り込んだとしても、最終的には生の声に一定の優位性が残る。そしてリサーチ産業は、AIを現実に接地させる「グラウンディング産業」になっていくのかもしれない。少なくとも2026年のうちは……かもしれないが。

ネコ要素が少なめになってしまったニャー。反省ニャ。

<お知らせコーナー>

現在、教育研修委員会・業務AI活用教育部会では「AIに書かせるプログラミングとデータ処理講座」(11月17日・12月1日・12月15日)の参加者を募集中です! ぜひご検討ください。
https://www.jmra-net.or.jp/activities/seminar/2026/20261117.html

10月22日 渋谷ベルサールでのアニュアルカンファレンスにネコAIの世話人の佐藤が登壇します。 タイトルは「Slackに棲むリサーチエージェント」2026年のSlackシステムに潜む対話エージェントがどこまでリサーチタスクを代替できるのか、最新のAIのトレンド整理と理論的な理解をベースにお話しします!
https://www.jmra-net.or.jp/Portals/0/conference/2026lp/2026lp.html

2026.10.20掲載