ISO/TC225国内委員会委員長 一ノ瀬 裕幸
2026年夏、市場調査の国際品質管理規格である ISO 20252 が改定されます。現行の2019年版から7年ぶりとなる今回の改定は、生成AIの急速な普及やオンライン調査におけるFraud(詐欺)回答問題の深刻化を背景としており、調査・インサイト産業界の品質管理の努力を後押しする内容になります。
2024年にP&G社がオンライン調査の品質問題に強い懸念を表明したことを契機に、米国を中心としてISO 20252認証取得の動きが急速に広がっています。国際的な動向を受け、日本でも新たな認証取得に向けた取り組みが進みつつあります。
今回の改定では、AIの活用に関する品質管理面の考え方、アクセスパネル構築・利用上のFraud対策の強化、情報セキュリティ管理の強化などが重要なポイントとなります。現在進行中のISO (JIS Y) 20252改定の概要と、日本での対応の見通しについてご紹介します。
※)本稿は、JMRAメルマガ2024年12月号
“国際的に「待ったなし」のFraud(詐欺)回答対策”の続編に相当するものです。
1.「P&Gショック」のその後
2024年の9月末、世界的な市場調査の大スポンサーであるP&G(Procter & Gamble)社が、米国と英国の市場調査協会に向けてオンライン定量調査のFraud(詐欺)回答問題に対し、2025年7月を期限として抜本的な品質改善対策を求めたというニュースが世界を駆け巡りました。米国の協会(IA:Insights Association)では、対策の一環として会員にISO 20252の取得を呼びかけました(英国では大多数の協会会員社が認証取得済み)。
さすがにその短期間のうちにISO認証を取得できる調査会社は多くないのでは、と見られていたのですが、先ごろIA傘下の認証機関であるCIRQから、「2025年中に12社が新たに認証を取得した」との報告が流れました(2月13日、LinkedInへの投稿)。米国ではまだ多くの調査会社が対応準備中とのことですので、この流れはまだまだ続くものと見込まれています。
米国での前進を受けての動きと思われますが、日本の調査会社にも同様の「推奨」がなされつつあり、新たに認証取得に取り組むJMRA会員社が出てきています。
<資料> 2026年2月13日 米国協会(IA)のLinkedInへの投稿
(参考訳)Insights Association
2025年はCIRQ(the Certification Institute for Research Quality)にとって記録的な年となり、調査・インサイト業界全体でISO 20252の認証が急増しました。調査プロジェクト管理における国際的に認められた品質基準の需要増加に伴い、CIRQは12の組織(IPSOS, NIQ Bases (NielsenIQ), L&E Research, quantilope, MarketVision Research, Toluna, Behaviorall, Dig Insights, PureSpectrumUK, Radius GMR, 1Q, InnovateMR)を認証し、市場全体の透明性、一貫性、信頼性を牽引しています。
この勢いは、規律あるプロセスと文書化された管理への業界のシフトを反映しており、P&G社のような主要なクライアントの期待にも支えられています。
2.まさに絶好の改定タイミングを迎えたISO 20252
ISO規格は通常、5年ごとに定期見直しを行うことが義務付けられています。現行のISO 20252は2019年版ですが、その改定作業は2022年頃から検討が始まっていました。当初の主要な検討テーマは、調査業務の自動化やデジタル化の進展への対応でした。
ところが、2022年11月のChatGPTの公開以降、生成AIの急速な普及が世界的なトピックとなり、調査業界でもAIの活用やそれに伴う品質管理のあり方が急速に議論されるようになりました。また、AIによってオンライン調査におけるFraud問題が助長される懸念も高まり、それらの結果としてISO 20252の改定においても、AIを前提とした品質管理の枠組みを明確にする必要性が強く認識されるようになったのです。
こうした背景のもとで進められてきた改定作業は、現在いよいよ最終段階に入っています。2026年3月5日にはFDIS(Final Draft International Standard:最終国際規格案)の原案が完成し、今後はISO加盟各国による最終投票手続きに入る予定です。順調に進めば、正式な国際規格としての発行は2026年夏(7月~8月頃)になる見込みです。
国際規格の改定に合わせ、日本国内でも同一(Identical)規格である JIS Y 20252 の改定作業が始まります。経済産業省の下にJIS原案作成委員会が組織され、その事務局をJMRAが担当します。同委員会は中立者(学識経験者)、使用者(クライアント)、生産者(調査会社)を代表するメンバーで構成されるべきことが定められていまして、以下の方々に委員就任をお願いしているところです。
- 学識経験者(大学の先生など): 市場調査、世論調査、データサイエンスの分野から
- クライアント: 日本世論調査協会、日本マーケティング協会、JMRAの賛助法人会員社から
- 調査会社: 認証取得済みのJMRA会員社から
ISOの正式発行スケジュールに鑑み、現在の計画では2026年7月に委員会を発足させ、できれば年内、遅くとも2026年度中(2027年3月まで)には改定版のJIS発行にこぎつけることを目標としています。
※)なお、すでにISO (JIS Y) 20252の認証を取得している会員社においては、改定版発行後ただちに再認証が必要になるわけではありません。通常は2~3年程度の移行期間が設けられ、その期間内に改定内容に対応した更新審査を受ければよいことになっています。
今回の改定は、まさに生成AIやP&Gショックを契機として世界的に注目が集まっている「調査品質」問題と重なるタイミングで行われることになりました。その意味でも、業界として極めて重要な節目の改定になるといえるでしょう。
3.ISO (JIS Y) 20252改定のポイント
もちろん、ISO 20252の改定内容そのものにも大きな注目が集まっています。今回の改定では、生成AI対応のセクション新設、アクセスパネル管理の「附属書」としての独立など、かなり大幅な見直しが行われています。単なる条文整理ではなく、「AI時代の市場調査の品質管理のあり方」を示す新しい枠組みを提示するものになると期待されています。実際、国際会議でもこれらのテーマについては活発な議論が交わされてきました。
現時点で公開可能な論点を整理すると、特に重要なポイントは次の3点に集約されます。
(1)AI活用への対応
まず、大きなテーマであり、関心も高いと思われるのが、AI活用への対応です。
生成AIの急速な普及により、調査の企画・設計、データ処理、分析・加工、レポーティングなど、さまざまな場面でAIを活用するケースが増えています。こうした状況を踏まえ、今回の改定ではAIの利用に関する品質管理の考え方が新しい節として整理されます。キーワードは、IAの投稿にもあった透明性、一貫性、信頼性になります。
AIをどのような場面で使用したのか、どのような管理のもとで利用したのか、といった点を明確にすることが、今後の調査品質の信頼性を担保する上で重要になると考えられています。
(2)オンライン調査のFraud対策
二つ目の大きなテーマが、オンライン調査におけるFraud(詐欺)回答対策です。
以前から、ボットや不正回答などによるデータ品質の問題は世界的に深刻化していましたが、生成AIの登場がそれに一気に拍車をかけており、主要クライアント企業からも強い懸念が示されています。今回の改定では、こうした問題への対応を強化するため、アクセスパネル管理に関する要求事項を独立した附属書として整理することになりました。
これは、オンライン調査の品質を支える基盤として、アクセスパネル管理の重要性が改めて認識された結果といえるでしょう。
(3)個人情報保護対策を含む情報セキュリティの強化
三つ目のポイントは、情報セキュリティ管理の強化です。
調査データには個人情報や機密性の高い情報が含まれることも多いため、これまでもEUのGDPRをはじめとする世界各国の個人情報保護法制対応のために一定の管理基準が設けられてきました。しかし近年はサイバーセキュリティへの関心が高まっていることもあり、今回の改定では個人情報保護や情報管理の要件がより強化されることになります。国際的には、ISO 27001(ISMS)の認証を取得する調査会社も増えてきていましたので、それと軌を一にする動きになります。
なお、ISO規格は著作権管理が非常に厳しく、正式発行前の段階では条文の詳細を公開することが難しいという事情があります。そのため、改定内容については今後、公開可能な範囲で順次情報発信していく予定です。
また、ISOは国際規格であるため、内容の一部が日本の実務と必ずしも一致しないケースもみられます。たとえば、日本ではプロジェクト数が少ない電話調査が、海外では依然として主要な調査手法の一つと位置付けられていることに起因する違いが見られます。このような場合、JISでは「日本語版注記」などの形で補足説明を付すことが認められています。あわせて、日本国内での円滑な運用を図るため、『規格解釈のガイドライン』の改定版整備も進めていく予定です。
ISO(JIS Y)20252認証に関するご相談がありましたら、JMRA事務局までお問い合わせください。
以上
2026.03.17