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ほんぶん

第4部 インサイトのインパクトを最適化する
第38章 評価換算の価値

JMRAインターネット調査品質委員
リサーチ・コンサルタント
岸田 典子


二、三年前、インサイト・フォーラムがロンドンで開催され、インサイト部門が影響力を最適化する方法について議論をした。当日は、エイビス・バジェット・グループ(Avis Budget Group)、ルコゼード・ライビーナ・サントリー(Lucozade Ribena Suntory)、インターコンチネンタル・ホテル・グループ、プルデンシャル、ANZ銀行など、さまざまな企業からインサイト部門のリーダーが40人以上参加した。私たちは、経営陣にどのように影響力を与えることができるかを理解するため、上級意思決定者をディスカッションに参加させることにした。私たちは、スー・ウィーラン・トレイシーという当時マネーファクツの取締役ほか、国民保健サービス信託、糖尿病慈善団体、英国独立警察苦情処理委員会の理事を務めていた人を迎えることができた。また彼女はそれ以前に、英国、カリブ海諸国、アフリカなどで大手銀行を経営した実績ももつ。

カンファレンスのセッションの最後に、私はスーにインサイト・チームのリーダーがチームの影響力を徐々に変化させるために何ができるかを尋ねた。彼女の答えはシンプルだが深いものだった。彼女は自身のキャリアで一貫してカスタマー・インサイトを支持し、インサイト部門をより多くの意思決定に関与させたいと常に考えていたという。しかし、彼女と同僚の上級管理職らは日常的に言葉の壁にぶつかっていた。インサイト・チームは「顧客」の言葉を話すが、全経営陣を含む組織の人は「財務」の言葉を話していたのだ。

営利企業であれ、慈善団体であれ、公共部門であれ、大企業はみな、「財務」の言葉の響きに耳を傾けている。会話の中心は、最新の売上高、収益目標の未達、事業コストの高騰、利益と株価への影響などだ。成功も失敗もドル、ポンド、ユーロで表示され、議論されるすべての課題認識の枠組みは財務的な尺度である。

つまり、管理職の人がインサイトに助けを求めるときも、彼らは財務的な視点から問題を解決しようとしているのだ。そして決断すべきことを財務的な言葉で説明する。では、私たちは何をすればいいのだろうか? ほとんどのインサイト・チームは、ブランド診断、顧客満足度、NPS、リンクテスト、市場シェアについて話し、記号論、エスノグラフィー、フォーカスグループなどの方法論を用いて、データベース変数、計算された属性、信頼スコア、回帰モデルのr2値などの専門用語を使っている! 他人から見れば、私たちは自分たちだけの世界で、自分たちだけの言葉を話して生きているように見えるに違いない。

これを読んで、あなたはこんなふうに思ったかもしれない。インサイト・チームは「顧客」の言葉を話す必要があるし、会社でもっと多くの人が私たちの視点を取り入れれば世界はもっと良くなるだろう、と。しかし、それで本当によいのだろうか? もちろんある意味ではその通りなのだが、現実問題として、今日、上級意思決定者全員がある言語を話し、私たちが別の言語を話しているなら、私たちがインサイトの影響力の最適化に苦労するのは当然である。インサイト・フォーラムでスー・ウィーラン・トレイシーが述べたように、私たちの仕事をあまりわかっていない上級管理職のフィルターを通して、彼らの言語(財務)に翻訳しなければならない立場に置くのは間違っている。つまり、ビジネスリーダーは当然のことながら、私たちの言語(顧客)から彼らの言語(財務)への橋渡しをするのに必要な知識を持っていないのだ。だから、もし顧客インサイトを大きな意思決定に正確に反映させたいのであれば、私たちはそれを他の人が理解できる言語に翻訳しなければならない。翻訳を他人任せにすることはできないのだ。

評価換算(Valuation)の価値

評価換算のテクニックはこの過程で重要な役割を果たす。IMAの創設者であるスティーブ・ウィルスは、これを「インサイトの営利性のクランクシャフト(エネルギー変換)」と呼んでいる。評価換算は、第37章で紹介した社内および社外の中核的な統計データの山から引き出し、それらを営利的な価値に相当するものに変換する。目標額の大きさを計算するために必要なのは、次のことだけである:
 a) 意志決定の影響を受ける領域の範囲
 b) 定量化された、組織にとって望ましい成果

簡単な例を見てみよう。例えば、あるビジネス・プロジェクトの目的が、顧客離れを10%改善すること、つまり年間5万人の顧客を獲得することだとする。分析から、顧客一人当たり年間収益がおよそ300ポンドに相当することがわかっている場合、目標額の潜在的規模は1,500万ポンドとなる。このような評価換算によって、ビジネス上の問題の相対的な重要性を財務的な、つまり営利的な観点から測定することができる。それは、第4章の『インサイトを変革する』の冒頭で取り上げたBOEING(封筒の裏推定法)のテクニックを使って行われる。

*訳注)BOEING:ボーイングとは、「封筒の裏推定法(Back Of an Envelope INtelligent Guesswork)」の略称で、大まかな計算で課題の範囲を設定すること。(第4章)

評価換算よって、インサイト・チームは、組織が直面する最大のビジネスチャンスと脅威を明確に理解し、与えられたビジネス課題の潜在的な営利的価値を算定することができる。このような情報は、事業計画(ビジネス・ブループリント)に追加することができ、インサイト・チームが作業の優先順位をつけ、より営利的なインサイトを提供するのに役立つ。

第4章で見たように、インサイト・チームにとって重要なのは、正確にやって間違っているよりも、大まかに正しく判断することである。重要なのは、BOEING(封筒の裏推定法)を複雑にしすぎないことである。BOEINGに10分以上かけるようであれば、それはおそらく賢くなろうとしすぎているのだ。


成功するインサイト・チームの38番目の秘訣は、シンプルな評価換算のテクニックを使って自分たちのインサイトの仕事を財務の言葉に置き換えることである。

重要ポイント:
  1. インサイト・チームは、独自の言い回し、頭字語の略称、3文字の略語など、独自の言語を話す傾向がある。
  2. 上級管理職を含む他の組織では、異なる言語、すなわち「財務」の言語を話している。
  3. このようなことは、最も顧客志向の強い取締役でさえ、意思決定にインサイトを含めることを 妨げる言葉の障壁を生み出す。
  4. 経営陣は、インサイトの仕事を「財務」の言葉に翻訳するには向いていない。
  5. シンプルな評価換算のテクニックは、営利的な視点から問題を見つめ、経営が理解できるインサイ トを提供するのに役立つ。

 

次章紹介

インサイトの営利的基礎を築き、BOEING(封筒の裏推定法)を使った簡単な評価演習をこなせるようになれば、あとは私たちの理解を日々の活動に応用するだけである。次の章では、最も重要な応用例を見ていこう。

2024.04.16掲載


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